発行:株式会社 薬事日報社
初版発行:1989年11月15日
薬のプロフェッション−高齢社会の要求−
著:水野 睦郎
序に代えて
老年社会への変貌−−−
人々の寿命が延びている。急速に延び続けている。わが国は、この二、三十年の間に、世界で一、二の長寿国になってしまう。背景には、あまり実感がわかないが、世界で有数の高所得国に成長したこと、生活環境や衛生状態が良くなったこと、また医療が進歩したことなど、様々な要因が重なり合っているのだろう。老年者の多い社会、老年社会の到来である。
その老年者をこれまでのように、施設に収容したり、病室に閉じこめたりせず、社会の一員として働き、遊び、元気に暮らしてもらうのが良いという考え方が生まれてきている。老人といって、特別扱いにできない社会になりつつある。何らかの慢性病、老年病を持っている少なからぬ人々も、家庭の一員として暮らすことが望まれている。
この努力をする老人医療で、とくに薬剤供給(サービス)の役割が重要である。医療機関に付属する薬剤供給ではなく、老人達の住む家庭の近くで、老人医療の、大きな柱である薬物治療を行うサービス網がなかったら、質の良い在宅医療はできるはずがない。そこに、地域の薬局薬剤師の役割が生まれている。
要規制物品の供給−−−
薬剤供給とは、薬という物品の供給である。社会が人々の安全を守るために、厳しい規制を加えている物品の扱いである。昔から、薬は人々の命を守るという重要な役割を持ってはいたが、野放しにすると、大変な害毒を社会にまき散らす原因となる物品であった。したがって社会は薬について厳しい規制をせざるを得ない。薬の側からいうと、規制される宿命を持っていたし、現在でも変わりはない。
ところが、モノの流通は自由の方が自然である。全てのモノに共通していえることに規制を加えると、値段が高くなる弊害が生まれる。薬についても厳しく規制すると、急場(救急)の時に間にあわないとか、価格に跳ね返るという現象が起きやすい。それ故に、薬は、野放しにも、いたずらに厳しくもできないという難しさがある。安全を守ることと、薬の価格は複雑に絡みあっている。
ところが、わが国では、薬の規制は規制、価格は価格と別問題と考えられがちである。この点、ヨーロッパは経験豊かな社会で、薬を厳しく規制をしながら、質のよい、経済的にも優れた地域の薬剤供給サービスを制度として作り上げ、効率の良い薬物治療を実現している。
この小冊子は薬の値段が口火で、そこから問題を掘り下げたい。だからといって薬の価格論ではない。薬の本質を論じているつもりである。
先進社会に学ぶ−−−
ことに、わが国の最近の経済成長の結果、様々な面で西欧の先進社会と類似した現象が起きているようだ。そして、共通の規制を求められていることも少なくない。規制を要する物品を巧妙に取扱う知恵は、どんな社会にも必要である。特にわが国では、社会が成熟し始めてからの時間が短いこともあって、その智恵に欠けるところがあるとの反省が必要だろう。
それなら、せっかくのこれらの社会の実績を手本として、そこで失敗したことには用心深く、成功したことはその原因を考慮しながら、それを学ぶ好機でもある。もはや西欧社会に学ぶものはない、と自信ありげにいう人もいるが、調べてみるとやはり隠された実力とでもいうか、現在の西欧の社会制度には、学ぶべき点は少なくない。それを学んだ上で、わが国の将来を考えるのが賢いやり方であろう。
歴史に学ぶ−−−
残念なことには、わが国へは、こうした経験とか知恵が伝えられていない。その実態も知らされていない。例えば、薬剤師に任せて医師は薬を取り扱わないという社会のあることは知られていても、それがなぜなのか、社会にとってそれがどれだけの意味があることなのか知る人は少ない。薬剤師という職業人がいるから、ただ惰性で薬を任せているわけではないのである。
薬を材料にして人をだましたり、暴利をむさぼったり、人を傷つけたりするのは、人の住む社会では昔からの共通の現象である。どこでも同じ現象が起きるものなのだろう。だから、様々な社会は互いに学び合い、情報を交換しながら、薬をうまく使う方策を試し、積み上げている。ただ、法的に規制すればそれですむ、というものではない。もっと細かい配慮が必要なのである。薬の問題は、わが国だけが困っている問題ではない。
数百年もの昔に、薬の問題点を見つけだして、長い間苦労した社会は、それなりの知恵の蓄積がある。現在のわれわれが、新しい問題、難しい問題として受けとめているものの中には、もう過去に解決済みのことも多いようだ。先人の知恵や経験の集積の素晴らしさは、疑いのない事実である。
われわれは、薬のムダ使いをどう防ぐか、薬がなぜ安くならないのか、高い薬をどうすればよいか、そしてまた青少年の薬の誤用や濫用の対策なども、わが国だけの特有の現象としてとらえ、わが国だけで解決策を見いださねばならないと思いこんではいないだろうか。考えている対策の中には、方向が逆なことも混じっていないだろうか。薬の取扱いは広い視野のもとに、先人に学ぶことが大切であろう。そこから道が開けるに違いない。
薬剤師に学ぶ−−−
薬剤師として三十年を暮らしてきて、わが国の薬剤師とヨーロッパ社会の薬剤師との間に、社会的な役割や評価など、国民から、かなり違った見方をされていると認めざるを得ない。ヨーロッパの薬剤師は、わが国の薬剤師のように、調剤のみに焦商点をあわせてきたのではない。むしろ、長年にわたって、国民に有効で安全な薬を、いつでもどこででも、かつ安価に供給することが、薬剤師の一義的な目標であった。薬剤師の立場は、末端供給の責任者であった。その一部として調剤という作業があったに過ぎなかろう。わが国では何の不思議もなく通用している、調剤という術語の概念が、先進社会では、おそらく理解もされないくらい違っている事も問題である。
この違いは、薬剤師の職業意識、もしくは貢献意識の相違にある。地域住民へ貢献しようとの意識に違いがある。
こうした反省のもとに、われわれの薬局で毎年の新入薬剤師の研修に使っていた資料をまとめてみた。若い薬剤師の諸君はもとより、医療に関心をもたれる方々に、こうした彼我の違いはもとより、社会に深く根付いた本当のあるべき薬剤師の役割を知り、将来への参考に供したいと考えたのがこの小冊子である。
思ったようにまとめられなかったうらみはあるが、将来の薬、未来の薬剤師を考える問題提起の一助にでもなれば、誠に嬉しいことと考えている。
一九八九年十月