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第六章
第四節 健保財政への協力


これまで述べてきた数々の事柄は、薬剤供給の効率化につながり、高品質かつ低価格の薬剤を国民に供給する大きな力となったものであるが、それ以外に、薬剤師達は積極的に、健保財政に協力している。

ここで重要なことは、こうした努力は医師プロフェッションの基本的な権利、治療権、処方権を薬剤師も協力して守ろうとする考えが基本になっていることである。つまり、わが国では、保険で治療できないものは、医師が処方できないといった、処方権を侵害されるケースが多いが、少なくともヨーロッパでは処方権は尊重され、薬剤の保険給付のみができないこととされているようである。


(一)健康保険での薬剤給付の制限(1)

これらの努力以外に、直接的な薬剤給付の制限を行なっている国もある。医療と薬剤供給が制度的に別建てになっているので、健康保険は財政的な観点から容易に薬剤の給付を調節することができる。イギリスのNHSでは、品目の制限をしていたことがあるし、ベルギーなどでは薬の種類によって、自己負担率を変えている。

制ガン剤など負担率〇%
抗生物質など負担率一五〜二五%
C、Cs胃腸薬負担率五〇〜六〇%
その他ビタミン剤など負担率一〇〇%

この方法は、重症優先の原則が守られているが、それが余りにあからさまであるので、患者に不安を与えることもあると反省されている。つまり、患者にとって負担率の低いことは「貴方は重病です」との烙印を押されることにもなるなど、薬剤師からみると、治療面で問題が生まれるとの反省があるようだ。

(二)健康保険での薬剤給付の制限(2) −−ネガティブ・リステ−−

西ドイツでは一九八三年四月から、ネガティブ・リステと呼ばれる表に記載される、次に掲げた疾病についての社会保険での薬物治療の給付を行なっていない。

  1. 感冒、流行性感冒、その際に用いられる感冒剤、鎮咳去痰剤、鎮痛剤を含めて
  2. 口腔、咽頭用剤
  3. 下剤
  4. 乗り物酔止め

患者は保険での診療を受けて処方せんをもらうことができるが、その薬剤に関しては、保険で給付されず自分自身の費用で薬を購入しなければならないという方法がある。

この規制は、薬局の薬剤師にとってもかなり辛いことである。たまたま訪れた薬局の薬剤師は、一九八三年以降、慢性便秘に用いられる緩下剤の使用は三分の一にも減少したという。しかし保険財政を健全に維持する立場に理解を示し、薬剤師はビフテキを食べなくとも、ミルクで我慢するのは仕方のないことといっていた。つまり、卵なら長く食べられるが、鶏を殺してしまえばそれまで、という意味であろう。

これは、別の見方をすると、医師の治療権・処方権を守ることである。医師の患者を治療する権利を侵害されないように、薬の処方は制限されない、しかし健康保険は支払いをしないことである。わが国のように、健康保険で差額徴収を認めずに、保険財政上の目的から、薬物治療に制限や規制を加えるのと根本的に違う、基本を尊重する考え方である。

そして、また薬剤師は消費者に、便秘を起こさぬ食生活の指導や、食餌療法のパンフレットを、薬局のカウンターから配布するなどして、これに協力していたのが印象的であった。

(三)調剤術(手数)料の変形

これらの保険財政への対策、そして薬局の効率化のために、ヨーロッパの薬剤師は大きな犠牲を払ってきた。例えば標準既包装製剤の使用に見られる、調製・調合を行なわなくなったことは、実は非営利化が進んでいるにもかかわらず、マークアップの採用など、薬局はビジネスの雰囲気を持つと誤解される面が生まれた。

最も大きい変化は、伝統的な調剤手数料であった定額制の技術報酬の放棄である。わが国では一箱のアスピリンを消費者が買う、もしくは医師の指示によって買うと、それは医薬品の販売であるとされる。同じアスピリン(同じ量の)を医師に処方せんという紙に書いてもらい、それを持って薬局に買いに行くと、それは販売ではなく、調剤と区分されて別の取扱いになり、値段も違う。ヨーロッパではこんな建前を強調することはない。同じアスピリンならば同じ扱いで、値段も同じである。その場合、薬剤師は処方せんを処理して「販売した」と言い、「調剤した」とはいわないようだ(健康保険の場合に手続き的に処方せんが必要なことは変わりない。しかし医師の電話で薬局の薬剤師が代わりに書いてくれることになっている国もある)。

元来、調剤薬価は、


調剤薬価=原料の薬品代×損耗比率(二倍程度)+調剤技術(手数)料+容器代


の合計からなっていた。ところが、先にあげたように薬局で製剤と放送が行なわれるようになってから、製剤料と調剤料の二重の料金を支払ってもらうわけにはいかなくなってしまった。さらに標準包装の既製剤が製薬会社から供給されるようになると、製剤料や容器代を製薬会社が受取り、薬局では製剤や調剤をしないので、薬剤師の料金の取り分の名目がなくなってしまったのである。

そこで、現在では標準包装既製剤(標準包装品)については、


薬物治療費=標準包装品の仕入れ代金×一・三(ないし 一・五)


として算出される。

先に述べたが、薬剤師自身が販売といっているように、普通の商品の販売のマークアップと同様である。

わが国の健康保険の中では、物の値段をマークアップすることは商業的であるとされ、プロフェッション・フィーとしては定額制でなければならないという、暗黙の了解があるようである。しかし、ヨーロッパの薬剤師達はこのマークアップをプロフェッション・フィーとしている。それは昔、製薬会社が既包装製剤を供給しなかった頃に自分達で製剤し、包装した歴史があるからのようである。現在、製剤し包装する仕事は製薬会社に移ったにせよ、それはあくまで便宜的なことであるという考えから生まれている。

その原料薬品代と調剤料は製薬会社に支払うが、大量生産によって効率が良くなり、価格の安くなった分について、消費者と薬剤師とで配分することとし、その計算に便利なやり方として、マークアップ方式をとっていると考えられているようだ。形は商業的かも知れないが、内容はあくまでプロフェッション・フィーである。

弁護士にしても補償などの請求に成功した場合の報酬に、その金額の何パーセントという支払い方法があり。建築家への報酬の支払いも総工費に対しての比率で請求されることからも、プロフェッションの報酬は、何も定額制にこだわることはないという考えなのだろう。

ヨーロッパの薬剤師も、できたら伝統的な報酬支払いの方法に戻りたいが、製剤化された薬物治療の報酬では無理だと考えているようである。つまり、薬剤供給で標準包装品がほとんどを占めるようになった現在では、マークアップ方式が最も合理的との結論のようである。わが国では薬価基準が購入価格との建前があるが、長年の努力にも拘わらずどうしても薬価差益をなくすことができないことからすれば、ヨーロッパでも、このマークアップ方式は現実に即した方法として採られた、窮余の方策かも知れない。薬剤師は、商業的な感覚で、もうけと受け取っているわけではない。あくまでもプロフェッションの報酬の一変形と考えているのは勿論である。

前にも触れたが、五十円で仕入れた薬に一〇〇円という定価をつけて売るわけにもいかないし、三割引といって七十円で売るわけにもいかない。プロフェッションへの報酬なのできちんと考えられている。

ヨーロッパの場合、医薬品の製剤化の進行とともに、経済の実態に合わせた実際的な対処の方法をとり、問題の解決をしている。つまり、伝統的な建前を捨ててしまって、医薬品の製剤技術の進歩を最大限に利用し、その流通形態に合わせて報酬の算定方式を考案し、薬剤価格の引き下げに反映させるという姿勢をとっているのである。



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