第四章
第三節 薬の取扱者として
北イタリアに生まれたこの薬の取扱者は、急速に仲間を増やしていく。折から成長を始める中世都市では、薬剤師の仕事場である薬局が、市の中心部に位置するのが普通になるのである。なぜ、薬剤師はそのように扱われたのだろうか。
(一) 同業組合の役割
その謎を解く鍵は、同業組合にあると思う。ヨーロッパの中世は、闇の時代と言われる。その闇の中で、次第に新しいヨーロッパの基礎が形作られていった。ルネッサンス期には、それが咲きそろったのであろう。その基礎の一つが商人・職人の同業組合(ツンフト、ギルド)である。このギルドが薬の取扱いに、決定的に重要な役割を果している。勿論、他の職業にもギルドがあったし、影響力も強かったろうが、しかし、薬の取扱者ほどに、職業像の形成に影響があったとは考えられない。
薬剤師の国際会議に出席した時などに、様々な国の薬剤師が自分達の薬剤師会を指して「われわれの薬剤師ギルドは」といっているので驚いたことがある。いまでもギルドはヨーロッパには組織として残っているのだろうか。その後、注意して聞いていると、大工や建築家のギルドなどと、それらの人々も誇りを持って自分から言っているようである。
わが国ではギルドというと、もう昔の同業者組合の話で、今の社会体制とは馴染まないという感じがある。したがって、ここでギルドの善悪をいうつもりはない。ただ、ヨーロッパの歴史の中での薬剤師ギルドについて触れることにしよう。
(二) ギルドの結成
香料を扱うのは、格式の高い仕事とされていたので、香料商人は大ギルドに属していた。薬剤師も、始めは香料商と同じギルドに属していたが、次第に独立するようになった。地域によってはずっと後までも、薬剤師は香料商人と、おなじ同業組合に属すことは珍しくなかったという。
十三世紀の、イタリアのフローレンスを例にとると、同業組合は七つの大組合(羅紗、毛織物、絹織物、金融、香料・医薬、鞣皮、裁判官、公証人)と十四の小組合(肉屋、鍛冶屋、靴屋、大工棟梁など)の二十一があったという。
前に述べた通りこの頃のフローレンス、ヴェニス、ジェノバなどのイタリアの都市国家は、ヨーロッパの経済を支配しており、特に香料・薬品についてはオリエント貿易を独占して、完全に優位に立っていた。輸入した薬を加工する生産工場も付近にできていた。テリアカなどは有名であった。このあたりが医薬ギルド、医師と薬の取扱者、いうなれば薬剤師ギルドの発祥地であったようだ。
香料商ギルドは次第に各地に作られ、それはまた、薬剤師ギルドを独立させている。ギルドの種類は次第に増えて、後には、乞食のギルドや、売春婦のギルドまであったそうだ。
(三) 薬剤師ギルド
現在のわれわれは当時のギルドの様子を知る由もないが、いうなれば、職人の自治体である。相互扶助、教育組織、納税、不正の監視などを、自主的に行った組織と考えると、ぴったりくる。
ギルドに属さない人々に勝手に仕事をさせない、という排他性は、現代社会では異質の感じを与えるが、今では薬剤師免状に変形しているのであろう。為政者の立場から見て、ギルドは徴税に都合が良かったこともあろうが、商人・職人の立場からは仕事や製品の質の保証や、秩序を整えることに効果があったようだ。ヨーロッパ社会はこのギルド制によって、医薬品の品質の確保に成功したといってよかろう。そして、薬剤師としては社会に存在価値を認められる基盤となったのである。
現存するイタリア最古の薬剤師ギルド(Nobile collegio chimico farmaceutico)は一四二九年に設立され、その任務は、
- 貧乏な、または病気の仲間の保護
- 試験合格薬剤師の登録と仕事の場所の指定
- 薬局間の距離の規制
- 薬品価の規制
- 政府に納める税金の徴収
- 食品、酒類、菓子、生薬の製造・小売業者の監視
であり、これらはまた、イタリアの伝統的な薬剤師ギルドの一般的な内容であったと、クレーマー・ウドガングの薬学史(一九七六年)に書かれている。
(四) 薬剤師ギルドの規制と誓い
同業組合は、排他性が強く、誰でも入れるわけではなかった。見習や従弟をとるにもふさわしい階級があったりして、排他性と結束の強い組織であった。なかでも、見習、従弟として厳しい修行が課せられ、一人前の薬剤師(親方)となるまでに、長い年月を要した。そのうえで、試験を受け、さらに同業組合の規則を守ると神に誓いを立てて、薬剤師の仲間入りをとげたのである。
こうした、自治組織であるギルドは、したがって、仲間だけで勝手にギルドを作ったり、その規則を決める事はできないことになっていた。設立にはその町(中世都市)の市議会の認証と、規則の改正にはその承認が必要とされた。このために、同業者のわがままは制限されると同時に、市民の立場が明確にされた。つまり、市民にも同業者にも、双方に都合の良い事柄だけが規則に定められた。
この市民を意識した仕事の性質、内容がその後の歴史の中で、長く薬剤師の職業的体質を決める基本となったのである。