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第四章
第二節 薬剤師職業の誕生

(一) 様々な薬の取扱者の中から −−いかさまの道具であった薬−−

八世紀には、すでにシリアのダマスカスには薬局の原型があったという。アジアからヨーロッパへ香料の運ばれていく道筋のアラビアで、初めて医師から独立した職業人が生まれて、医薬を調製する仕事についたといわれている。医師でも錬金術者でもない、薬を専門に扱う職業人が誕生したのである。錬金術も次第に進歩して、主に鉱物質を材料とした薬を製造しようとしていた人々もあったといわれる。このアラビアを経由して香料や薬がヨーロッパに輸出され、ヴェニスなどの港に運ばれたのである。

ヴェニスの周辺では、香料商が羽振りをきかせていた。彼らの扱う香料の中は、前に述べたように薬が多かったので、薬だけを扱う分派が生まれた。その人々が次第に専門的な薬の供給・取扱者に変貌していったといわれている。

死に直面したり、病気が次第に重くなるという不安を持ち、弱みのある病人につけこんで、金もうけを企む人々も少なくなかった。人の弱みにつけこもうという人々は、今に至るまで、いつの世にも、どの社会にも掃いて捨てるほどいる。先に述べたように、魔術師、祈祷師を始めとして、薬を仕事の道具として使う人々は様々であった。医学・医術の発達しない社会では、薬はむしろ、こうしたいかさま商売に欠かせない道具であったのである。

面白いことに、この香料商人は、いかさま薬を扱うことを潔しとしない、正直な体質を伝統的に受け継いで持っていたのである。そして、いかさま薬を扱う人々や毒殺者と闘いながら、歴史の中で市民の味方ともいうべき、正統派の薬の取扱者に育っていくのである。つまり薬剤師の祖先である。現在の、ヨーロッパ各国の薬剤師は、この人達の子孫だと言われている。

ギリシャの伝統と、当時の先進国であった、アラビアの影響によって、医術は形而上の学問・技術である、ということであろうか、ヨーロッパでは、かなり早い時期(中世まで)に、医師は薬を扱わなくなる。薬の性質を熟知している医師、患者に最適な薬を与える術を知っている医師が、薬の扱いに関心を持たなくなってしまうのである。もちろん、かなり後世になって、薬に関して医師と領分争いの起きた国もないわけではない。

(二) 薬の専門取扱者の誕生 −−副業であった薬の取扱い−−

何度も述べた通り、昔から薬を扱っていた人々は様々であった。植物の栽培者、錬金術者、祈祷師、魔術師などは、薬を創り、扱い、使った人々である。ところが、その全てが歴史の中で消滅してしまう。

香料商から派生した、むしろ副業であった薬の取扱いを、専業にした薬剤師だけが、だんだんに実力を発揮して、薬の取扱いの中心となり、ほかの取扱者を追い落として、ついには薬の責任者として薬の扱いを独占してしまうのである。他の取扱者が次第に姿を消していく中で、なぜ、薬剤師だけが生き延びたのだろう。

しかも、その独占に対して国民も支持したというのは、不思議なことである。そして、現代に至るまで、確固とした職業人として存続している。むしろ、今では、本家の香料商の方が影が薄い存在である。薬剤師達は歴史の中で、どのようにして自分達の職業を育て、発展させたのだろうか。

ここで、この職業人達が集団となって力をつけ、次第に地歩を固めていく、その道筋をたどってみることとしよう。



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