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解説 世界一の開局薬剤師
Echo(5,1)
薬事日報,1984-5-12〜1985-5-9


虫退治
 数年前のことである。ハワイ滞在中にホノルルからフィラデルフィアへ飛び、次に東京へ寄り、再びホノルルへ戻る、という旅程の航空券を買ったことがある。航空会社の何台ものテレビ型のコンピュ-タ-・タ-ミナルの並んだカウンタ-で申し込むと、すぐにキ-ボ-ドを叩いて入力してくれた。数秒してコンピュ-タ-の処理が終わると、プリンタ-が航空券を打ち出してくれる仕組みである。
 ところが、どうしたことかコンピュ-タ-が思い通りに働いてくれないのである。最終の東京-ホノルルを、ホノルル-東京と印刷してしまうのである。何冊かの航空券を無駄にした後に、責任者らしい男性を連れて来て二人掛かりで奮闘するが、どうしてもうまくいかない。
 急ぐ用事もなかったので、その苦闘ぶりを腰を据えて見物することにした。航空会社の発券システムは全世界的な規模を持ち、大変な費用をかけて創られるものである。そのシステムが間違えるのであるから、興味がある。一時間ほど、マニュアルを片手にタ-ミナルを相手にしていたが、遂にあきらめて「手書き」で航空券を作ってくれた。
 こうした間違いの起こるのがソフトウェアのバグ(Bug:虫)である。人間の作るコンピュ-タ-のプログラムには、どうしても「虫」が棲みつくのを避けられない。銀行のシステムがダウンした、通帳に○が幾つも余計に付いたとか、電話が不通になった、新幹線の切符の二重売りとかの新聞の報道の何割かは、この「虫」によるものだろう。
 留学中の息子にこの話をしたら、「米国の暮らしはコンピュ-タ-に囲まれている感じですが、コンピュ-タ-だからといって信用できないんですよ、人間の入力ミスだってあるんだから・・」と、あっさりいなされてしまった。
 さらに、パ-ソナルコンピュ-タ-用に売られているOS(オペレ-ション・システム:基本的なソフトウェア)の中には、「虫」を発見した人に報奨金を出すという約束をしているものがあり、学生の中では、誰れそれが100ドル貰ったそうだ、という噂話が流布し、「虫」探しに懸命な人たちがいるんだ、という話をしてくれた。
 そんなOSは評判が悪くなるだろうと考えるのは当たらないそうで、早く「虫」退治をして完成されたプログラムにした方が、使用者の信頼が得られるのだという。
 われわれは、情報処理の生産性をあげようとコンピュ-タ-を導入するが、そのソフトウェアは殆んどが手作りであり、システムが複雑になると、手作業の「虫」退治などに想像以上の労力を要して、費用が掛かり過ぎるという問題が未解決である。というより、将来、ますます深刻な問題となるだろうと予想される。コンピュ-タ-による情報を収集し、整理し、検索する作業を処理するプログラムの中の「虫」と共に、情報そのものに「虫」がいる可能性について、真剣に対応が必要であろうと考える。(1984.5.12薬事日報)

前車の轍
 最近のオフィスの機械化は目覚ましいものがある。カ-ボンを入れて複写をとるとか、謄写版の原紙を切ったことが夢のように感じられる程に、コピ-が簡単になった。
 ワ-プロも急速に導入されている。記録や通知を読み易い活字体で容易に作れるだけでなく、誤字の訂正削除、文章の挿入などが意のままに行えるなどの機能は、使ってみるとたしかに便利である。さらにこれらの記録を磁気ディスク(ディスケット)のファイルとして簡単に、確実に保存できることは、一昔前には想像もできなかった利点であろう。
 つい数年前のビジネス・ショ-で出品されたミニコンを使ったワ-プロに、人々が群がっているのを見た記憶があるから、そのころ試作された日本語ワ-プロは、一千万円近い価格の機械であったはずである。現在は、結構使える機械が数十万円で買えるようになっている。電卓の歴史を思わせる劇的な変化である。
 子供の成長の記録、結婚披露などのビデオテ-プを、いざ機械に掛けようとしてベ-タとVHSの違いで見られず、がっかりすることがある。何故、VTRの規格を統一しなかったのかといっても始まらない。もう数百万台も数万台もの機械が、全世界に普及してしまっている現状では、二つの規格を甘んじて受け入れる以外はない。
 新聞によると、将来、普及が予想される感光フィルムの代わりに、磁気ディスクを使う電子カメラでは、前車の轍を踏まぬよう、規格が統一されるとのことである。
 実は、ワ-プロにも、こうした問題点が潜んでいる。A社のディスケットはB社、C社のワ-プロでは読めないというのが普通のようである。つまり、総務課のA社のワ-プロのディスケットは、販売のB社のワ-プロに掛けられず読み取れない、ということである。
 それだけでなく、三年、五年を経て、ワ-プロの機械を更新しようとするときに、同じA社の機械を使わないと、それまでに蓄えられた膨大なディスケットの情報を捨ててしまわねばならない、ということもあり得よう。それまで極端ではなくとも、新たに購入しようとするB社の規格に合わせて、ディスケットの作り直しをするために、多大の労力を要することとなる。
 こうした悲劇を回避するには、ワ-プロの導入に際して、将来を考えて機種の選定をする必要がある。しかし、現今のワ-プロ選びは文字入力の容易さ、印字の美しさなどが機種決定の要因となるのが普通であって、ファイルの互換性までを考慮しないに違いない。
 ワ-プロのような新しい種類の事務機器については、使用者側も、情報を交換して、ファイルの互換性を保つなど使い易く、また有用であるように、製造者に助言することが大切なことに思われる。(1984,6.26 薬事日報)

花壇
 20年ほど前に、私の薬局のイメ-ジを変えようと思い付いた。当時は特にマスプロダクション・マスセ-ル・マスコンサンプションの全盛で、薬局は賑やかに飾り立てるのが当たりまえであった。ところが、私の薬局は立地の違いもあり大量販売には不向きではあるが、調剤を志向すればそれなりの将来があるように見えた。調剤の比重が大きいにも拘わらず、調剤が副業である印象を、医師にも患者にも与えていたことを反省したのである。医師は大切な患者の薬物治療を薬局、薬剤師の副業的調剤に任せたくなかったし、患者の側も薬剤師に真剣に取り組んでもらっていない、信頼するに足りないと考えていたに違いなかったのである。
 調剤はその頃から、政治的には重視されていたが、実態はなおざりに、取り残された状態に留まっていた。副業視されていた調剤を表看板にする方法を、あれやこれや考えた末に、思い切って販売する設備のない薬局、今でいう調剤薬局を開くこととした。
 ところが困ったのは雰囲気というか、イメ-ジづくりである。それまでの薬局と全く違ったイメ-ジの薬局に、患者さんたちが馴染んでくれるだろうか。病院と同じようなイメ-ジ、特に白色を基調として清潔感を協調するのは、冷たさを感じさせ過ぎるのではなかろうか。
 そんな心配の末に、本造、ステイン仕上げ、だからといって喫茶店とは一味違う印象、という構想が出来上がったのである。冒険であったのは、入口脇と中庭の小さな「花壇」である。薬局を飾る商品がなく、他に代わるものとして、まっ先に考え付くのは花弁、観葉植物を使うことである。ところが、昔から「診察室の草花が枯れているような医師に掛かるな」という諺があるように、手入れをしないと、むしろマイナスの印象を与えることになる恐れがあるため、すぐには決心できなかった。まあやってみよう、ということでやっと花壇が実現したが、思わぬ経験をした。
 入口脇の花壇は、道路に面しているために、しばしば被害を受けた。「花泥棒は罪にはならない」とばかりに、折角咲いた沢山の花を一晩のうちにむしり取られてしまったり、犬の散歩のついでの便所になったり、酔客の絶好の立小便用地となったりした。始めは、ひとつひとつ怒ってはみたものの、次第に呆れ、締めの心境に達して、終始末に専念することとなった。
 通りがかりに、「手入れが大変でしょう」と声をかけてくれる人があると思うと、「狭い所に植えられて花が可愛相だね」という感想をいわれたこともある。
 草花が患者さんに、良い影響があると信じていてもなさけなくなって、何度か花壇を潰してしまおうと考えたこともあった。まあやってみようで始まったことだが、そのうちに人の心も和んで、花も可愛がってもらえるようになるだろうと我慢しているうちに、とうとう20年が過ぎてしまった。
 現在は、若い薬剤師君が花壇の手入れを引き継いで受け持っているが、花を荒らす不心得者は殆んどなくなったようだ。とすれば我慢の甲斐があったということであろうか。

(1084.8.21 薬事日報)
きのことふぐ
昭和ひと桁生まれは、少年期を物質欠乏の時代に過ごしたことで様々な話題の種になる。ひと粒残さずご飯を食べる、という習慣の故か、肥り過ぎえ減量に苦労している。食べ物に対する執着が人一倍強いのであろうか、なかなか目標に達しない。旨そうなご馳走を前にすると、もう減量のことなどすっかり忘れてしまうのだから仕方のないことである。
 スウェ-デンのストックホルムで、薬剤師のG夫人のお宅に招かれ、韓国のユンさん、キムさんに家内を加えて4人で、夕食をご馳走になったことがある。初秋の郊外は、もう紅葉が始まり、林の中に点々とある家の一つに着くと、そこにはGさんと夫君が笑顔で待っておられた。
 お互いの家庭のことやらスウェ-デン風の料理法などの話が弾んで、楽しい一刻を過ごしたのであるが、その時の話である。
 「スウェ-デン人は自然を愛し、林が好きで、自分の家の庭のように考え、しばしばハイキングや散策をするが、それは必ずしも健康のためばかりでなく、茸狩りなどの実利的な面もあるのですよ、とにかく茸は美味しいですからね」といわれる。
 「日本人も松茸をはじめ、茸が大好きですよ」というと、スウェ-デンでは茸好きが高じて、毎年何人か中毒死する人たちがあり、新聞種になるのだという。
 日本では茸で死ぬのはあまり聞かないが、美味しいものに目が無いのは同じで、河豚での事故は時折起こり新聞にも載ることがあり、料理は資格を持つ人たちがやることになっていると話していると、G夫人が手に持つのも重いほどの一冊の分厚い本を見せてくれた。
 それは菌類図鑑で、植物分類でリンネを生んだスウェ-デンに相応しい、流石と思わせるものであった。スウェ-デンの各家庭に、こうした参考書が備えてあって、と早合点しかけると彼女はこんな話をしてくれた。
 「林で採った大部分の茸は、一般人にも食べられるかどうか判断ができますが、中には区別できないものが混じっていることがあり、こんな時に誰かに教えて貰うことが大切で、自分勝手な判断をすると事故になります。しかし図鑑で調べるのは、かなり生物学の素養が必要ですから、一般的ではないのです」
 「一方、薬剤師は伝統的に薬用植物を利用するため生物学を学び、鑑別に慣れています。そこで薬局の薬剤師たちは積極的に住民に協力して、安全に茸が食べられるようなサ-ビスを提供することにしているのです。こうした努力によって住民は薬剤師を、より信頼するようになり、薬局の仕事を円滑に進める、大きな助けになります」
 なる程、われわれは出来上がった結果だけを見て、ヨ-ロッパは羨ましいとか、スウェ-デンの医薬分業制度は素晴らしい、と単純に考え易いが、実はその裏にこの制度を維持するために薬剤師たちが細かい注意を払い、努力を重ねていることを感じた。
 わが家では、その時の料理、「ヤンソンの誘惑」が時折食卓を賑わしている。

(1983,9.18 薬事日報)
大統領選挙(1)
 ロサンゼルスオリンピックの開会式の入場行進のTVで、大真面のわがデレゲ-トたちを見ていて、大分昔のアテネだかロ-マだかのホテルのバ-を思い出した。カウンタ-で暇つぶしに一人で飲んでいたら、手持ち無沙汰のバ-テンが話しかけて来た。片言で喋り合っているうち、彼が本当に驚いたのは、わが日本では国会議員、県知事から市町村会議員の選挙が、定期的に行われているということである。
 前大戦中でも翼賛選挙といわれながらも選挙はあったよ、といったら今度は、そんな昔から選挙をやっていたのかと問い直され、わが国はそんな野蛮国と見られているのかと、いささか自尊心を傷付けられ、興醒めた憶えがある。
 その後、各国の人々に会った時に尋ねたり、調べたりしてみると、なる程、世界中でわが国のように几帳面に真面目に選挙を行っている国は、かなり少なく、バ-テンの疑問もまんざら理由の無いことではないと知った。
 わが国の棄権防止に大童わで、国の将来を賭けるという真面目さと、選挙運動には常に違反の影がちらついて陰湿さを拭い切れぬ、両面を持つ選挙と比べて、米国の大統領選は、何か底抜けに朗らかな明るい感じを与えてくれる。
 15年ほど前に、カリフォルニアの薬局業務法を求めようと、州の薬事審議会に手紙を出したところ、返事の書かれた州の役人の使う便箋(レタ-ヘッド)にロナルド レ-ガン・ガバナ-(知事)と印刷されてあった。わざわざ、州知事の名前があるのを不思議に思っていたが、やがて送られて来た法律の表紙をめくって、ど肝を抜かれた感じがした。
 なんと表紙裏に州知事レ-ガンの肖像写真と薬剤師宛てのメッセ-ジが麗々しく印刷されているではないか。わが国の厚生省が首相や厚生大臣の肖像を入れた法律集を出版することが考えられるだろうか。
 他の州からも同じように送って貰ったが、いずれも簡素な大裁であったから、米国でも珍しいことなのだろうが、こうしたアイディアが許されるのは、なんとも朗らかである。
 こんなことがあったので、その後カリフォルニアの人たちと話す機会があるごとに、レ-ガン氏についての意見をきいてみた。有能かもしれないが、あくが強すぎる、という人もあれば、若い頃から大統領になる準備に俳優を志願したといわれる程だから、人の心を掴まえるのがうまく、本当に大統領になるかもしれませんよ、という人もあった。
 わが国のマスコミが彼に好意的でないのか、彼の言動や政策は芳しいものとして伝えられてはいないが、一部の知識人の立場でなく、大多数の米国人が心の底で考えていることや、感じていることを素直に表現しているように見える。そんなところが彼の人気の秘密なのだろうか。
 今年の選挙で、彼がどれだけの支持を得るか興味をもって見守っている。

(1984,11.6 薬事日報)
大統領選挙(2)
 旅に出る、という気構えもなく、気楽に飛び歩けるのは、ジェット機や新幹線などによって交通機関が整備された結果で有難いことである。ところが、窓から景色を楽しむことが難しくなった。ジェット機は雲ばかり、新幹線も速過ぎて味気ない。ということで、車(機)中では本を読む、と同時にその本を買いためておく楽しみができた。
 比較的短い時間に限られるので、筋の展開のはやい小説が好みである。フォ-サイスやア-サ-ヘイリ-などはこうした際の愛読書である。
 これまで読んだ中に、ジェフャイリ-・ア-チャ-の作品がある。「大統領に知らせますか」、はかなり「どたばた」ではあるが、実名の政治家、大統領などが出て来て実感がある。ポ-ランド移民の出世物語の「ケインとアベル」は、ホテルチェインを創り上げた男の一生であるが、その続編ともいうべき「ロワノフスキ家の娘」はなかなかに読みごたえがあった。
 勝気な一人娘のフロレンティナが、如何にも米国のエリ-トらしい青春時代を経て、次第に才能と財力によって政治家として成長して行く姿がよく描けていて面白い。
 女性として数少ない上院議員となり、大統領を説得して福祉特別委員会の委員長として活躍するところなど、どこの国でもありそうな話で共感するところがあった。
 折角の福祉予算がマフィアの資金源となったり、コンピュ-タ-を騙す人々によって誤魔化され、詐取されたりしているのを、女性らしい正義感を発揮して暴き出すというわけである。ホワイトハウスに住む大統領すら、二人の子供と年老いた母親を扶養している失業者として登録することができ、福祉予算(生活保護)の分け前を貰う手口のあることを実証した、というくだりでは思わず笑ってしまう楽しさがある。
 すさまじい立候補の駆け引きの末、副大統領となった後に、大統領の死によって遂に女性で始めて、米国の大統領になったところで物語は終わっている。
 ネ-ル、サッチャ-女史など女性の首相は少なくないが、米国の政治、特に大統領は男性天国のようである。サンフランシスコ市長のファ-ンスタイン女史のように、家柄もあり、禁煙運動などで令名の高い女性がいても、大統領は別格の感じであった。
 今度の選挙で民主党のモンデ-ル候補が副大統領候補として、女性のフェラ-ロ女史を選んだので、多少の驚きと共にこの小説を思い出した。
 民主党は残念ながら惨敗に終わったが、近い将来、女性大統領の生まれる可能性の第一歩となったことは事実である。次回の健闘を期待している。

(1984,11.22薬事日報)
本郷台の春
 上野へ出る途中に、湯島天神の境内を通り抜ける。子供の頃に境内で遊ばせてもらったし、息子たちも鳩に餌をやりに訪れた氏神様である。この頃はすっかり様子が変わってしまっている。
 正月の初詣から、つい先頃までは若者たちで賑わっていた。そして絵馬で一杯となる。もうご存じの方も多いだろう、受験祈願である。神前で一心に手を合わせている姿を横に見ながらどんな絵馬を奉納しているのだろうと、好奇心を抑え切れずに二つ三つ覗いてみた。
 大学の名前を幾つか挙げて、「どれでも結構です、是非お願いします」といったのが普通のようだ。神様の方もどの学校に決めるか、困られるだろうし、大学の方も「どれでも良い大学」の一つと考えられても迷惑、とは思うが、これが当世学生気質であろうか。
 中には、それでは足りないのか「ついでに友人○○君の▽▽大合格もお願いします」と、友情に厚いというのだろうか、友人の分までちゃっかりと「ついでに」お願いしているのもある。
 梅が散って、受験の季節が終わると、不忍池に、あれほど群がっていた雁も北国へ去って、鵜の天下となる。そして桜の季節がやってくる。上野の山は花と人で一杯になる。
 近頃の本郷台からの眺めは、背の高いビルにさえぎられて、何処からでもというわけにはいかないが、それでも見事である。今年は東北新幹線の上野乗り入れで、やっとお江戸とみちのくに橋が架かった、と上野の街は活気づいている。
 そして、われわれの薬局でも新局員を迎える。新人たちの元気な姿を見ると、まず第一に長い間、手塩にかけて育てられた親御さん方のご苦労を思うのは、同じ年頃の息子を持つ齢の故だろうか。そしてこの青年たちがわれわれと同じ親の年代となる25年一世代後のわが国は、どのような国になっているのだろうか、そんなことをつい思ってしまう。
 頬を赤くして、真剣なまなざしで、新しい社会での人生に真正面から立ち向かおうとしている若者たちにどんな言葉をかけたらよいのだろう。
 薬剤師の仕事の厳しさも話さねばなるまい。病気が治った患者さんの喜び、嬉しさも伝えておこう。学問や技術の進歩に、どのように対応して行くか、毎日の仕事との関連についても、はやく知って貰う必要がある。
 それにも増して、身体で仕事を憶えて貰わねばなるまい。是非、研鑚と修練を積んで、はやく薬のプロとして恥ずかしくない実力を蓄えることに専念して欲しい。
 新局員の諸君たちの動き方が周囲となじんでくる頃、本郷台では公孫樹(いちょう)や、けやきの若芽がまぶしく映る季節となる。

(1985,4.11 薬事日報)
逆かならずしも真ならず
 「AはBである」は正しくとも、必ずしも「BはAである」といえない場合がある。
 ドイツ語で話をしているので、てっきりドイツ人だと思い込んでいたら、オ-ストリアの人だと判って恥をかいたことがある。
 「ドイツの国民はドイツ語で喋る」ことから、つい「ドイツ語を話すのはドイツ人(だけ)である」と短絡してしまうわけだ。方言や訛はあっても、スイス人もオ-ストリアの人々も、その附近の国の人々もドイツ語で喋っていることを、うっかり忘れてしまうのである。
 薬剤師の仲間内でも同じようなことがある。「医薬分業の制度のもとでは、処方せんが発行される」ことは事実で正しい表現である。だがしかし、「処方せんが発行されたら、医薬分業だ」といえるだろうか。一概にそうともいえないところに問題がある。
 医薬分業の制度は、古くから各国で行われているので国情による多少の違いはあっても、共通したイメ-ジ、理念というのだろうか、そんな一般に通用する認識が存在している。
 例えば、処方せんが発行され、それを医師の経営する薬局(いわゆる第二薬局)が調剤しても、それは医薬分業といわないのが普通である。
 七世紀も前の、医薬分業制の原点とされるフリ-ドッヒU世の行政の書(1240年)では、医師が薬局を保護する、関与する、経営する等を禁止している(第43条)。そして、こうした規制のもとに、処方せんが発行されるのが医薬分業制であるとされ、この考え方は長い間受け継がれた原則であった。医師が薬局を経営することが国民の利益にも医療の向上にもつながらないことが、人類社会の知恵として知られていたが故に禁止したに違いない。
 ところが、700年も昔から弊害の起きることが判っている状態で、原則を無視して処方せんの発行を誘導し、促進したのが「わが国」である。当然、様々の名目の下に薬局を経営する医師が出てくることになる。
 今更、こうした医師を非難しても始まるまい、予防策をとらない方が責められるべきである。その上、薬剤師自身で、処方せん枚数をもって医薬分業達成の程度を示す指標としているのであるから余計に混乱する。
 最近、医薬分業への批判をしばしば耳にする。その中で、第二薬局が存在することが原因となっているものがかなりあるようだ。
 これは全く見当違い、本末転倒といわざるを得ない。非分業制での処方せん発行促進による、出るべくして出て来た処方せん発行促進による、出るべくして出て来た弊害ともいうべき事柄をもって、医薬分業制は予めこうした弊害の発生を予期して、それらを規制してから実施されるものであることを知らねばならない。
 ともあれ、「処方せんの発行が増えるだけでは医薬分業にはならない」ことは、薬剤師として改めて考え直さねばならぬ事柄であろう。
(1985、5.9 薬事日報)

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