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解説 世界一の開局薬剤師
21世紀の開局薬剤師(3,1,7)
日薬雑誌、第38巻4号;1986


 日薬から「21世紀の開局薬剤師」について話をしろといわれまして、ついうかうかと引き受けてしまったわけでありますが、大変困った、しまったと思ったわけであります。それと申しますのも、「明日もわからぬ」というのが人生でありますから、15年も先の話をどうしようかと思いました。しかし、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」と申しますから、気楽に、考えていることをざっくばらんに申し上げようと、そう思いまして、きょうはここまで出てまいったわけでございます。

1. 昭和30年代(1960)の開局薬剤師
 「10年先がわからない」といいますのはまさに本当のことであります。昭和36年頃(1961)、厚生省が国民皆保険運動を全国的に展開していました。その多分最終年度だったと思うんですが、そのころに私は、まだ日本薬剤師協会と言ったのではないかと思いますが、社会保険委員会とか薬局委員会のお世話を申し上げる立場にありまして、皆保険運動が開局薬局にどれだけの影響を与えるだろうか、ということについて検討しておりました。同時に全国の薬局委員会、社会保険委員会の委員の方に集まっていただきまして、ご意見を伺ったことがあります。そのころは、多分、国民総医療費がまだ4,000億ぐらいで、医薬品の生産額が2,000億ぐらいではなかったかと思うのですが、その医薬品の中で今で言うOTC、その頃は家庭薬と言っておりました。それと医療品薬品が50対50か、45対45か、大変OTC医薬品がたくさん売れていた時代で、むしろ医療用が少なかった時代であるかもしれません。そのころの日本薬剤師協会は、OTC医薬品の将来はどうなるのだろうかということを懸念いたしまして、かなり真剣に考えておった時代です。ところが、薬局委員会でありましたか社会保険委員会でありましたか、皆様に集まっていただきましてご意見を伺いますと、全く楽観的なのであります。買い薬の習慣は日本古来の風俗であって、都会の人はいざ知らず、地方においては抜きがたい習慣である。つまり、おじいさん、おばあさんにとっては、買い薬しかないのである。地方によっては医者に行くとか、医者を呼ぶというのは、もう既に病気が重くて、明日をも知れぬということになっての話で、ことに老人が白衣を来た人に接したり、もしくはメッキをしたハサミなどを見たらおじけを震ってしまう。けっして近代医療になじまないから心配はいらないと、委員会の全部ではないのですが、多数の方々におこられた経験がございます。そのころ乱売がありまして、大量生産、大量販売、大量消費ということで、大変販売価格が下がっていたというようなことがありました。開局薬剤師の関心、心配は、むしろ乱売、価格問題が中心だったわけです。そういった焦点の違った会合は、大変評判が悪かったのです。

2. 保険の普及
 しかし、10年たちましたら、大変様子が変わってまいりました。医院待合室が老人ホ-ムになってしまったというぐらいに変わってしまったわけです。薬局の頼みの綱のおじいさん、おばあさんはあっさり薬局を見捨ててしまいまして、医院へ朝からお弁当を持っていくというぐらいにかわってしまったのです。このとき、私は大変複雑な気持ちがいたしました。もちろん、委員の中にも大変心配された方もあったわけですが、しかし、一般の雰囲気というのはそういうものでは決してなかったわけなんです。これはたいへん耳ざわりな話かもしれませんけれども、将来を考えるということは、たいへん難しいことなんだということの一つの例ではないかと思われるのです。

3. 薬剤師職業と医療保険
 日本で医薬分業は大変長い闘争、長い運動であるかと申しますが、実際には、薬剤師の名称ができてから日本ではまだ100年たっていないわけであります。多分、明治23年ですから、1890年頃に薬剤師という術語ができました。薬を売るということは古い職業であるかもしれませんけれども、わが国の社会では新しい職業が生まれまして、調剤をする技術者が認められました。でもそれが素直に医療の中に入って行かなかった、うまくいかなかったわけです。そこで、開局した薬剤師は心ならずもOTC医薬品を売ることだけで、ずっとやってきました。
 戦後を迎えて、昭和30年代の後半に、これはまだ25年たっていないわけでありますけれども、今申しましたような大変に大きな変化があった。つまり、医療の費用分担が変わってきた。個人が自分自身の医療費の負担をするというのが、医療の本来の形だったわけでありますけれども、それが職場に移った。健康保険ですね。地域に移った、国民健康保険です。それからまた、しばらくいたしまして、今度は社会全体が責任を負うことになった。つまり、国へも多少移りました。例えば老人保険とか、生活保護医療とか、国保に対する国庫補助であるとかです。歴史的にみると極めて短期間に個人から職場や地域に、それからその社会全体へと、費用の負担をする主体が移動をした。これは大変大きな変化であります。(図1)
 重い病人を抱えた家庭は、経済的に苦しくなる、貧困化する。これを防ぐための保険が医療保険です。生命保険や損害保険などで、われわれも保険の効果を知っています。自動車を持ったら、誰でも保険に入って事故に備えます。沢山の人々が小額のお金を出しあって、大事故に備えよう、というわけです。病気の場合の保険は弱い人や老人ばかりが加入して、丈夫な人々が入らないと保険としての意味がありませんから、わが国では強制加入の保険として実施されました。社会保険という名前はこうした性格を表わしています。
 つまり、その職場、その地域の住民が、一人残らず保険に加入して、保険料を払うことになったわけです。ですから「折角保険料を払ったのだから」と、薬局でOTCを買わずに、保険証を使うようになった、日本古来の買薬の習慣が崩壊しても仕方のないことだったのですし、昭和30年代はこうした地滑り的な大変化が進化していたわけです。
 こうした大きな変化は、しばしば開局薬剤師の周囲で起きています。先に挙げた、医薬品製剤の大量生産が行われるようになったことも一つの例です。こうした変化を、開局薬剤師が感じとれなかった所に問題があります。

4.「薬」そのものが変わった
 もう一つの例を挙げます。現在のわが国では、新しく病院に効く物質を発見しても、なかなか薬として売ることができません。極めて厳格な医薬品の承認制度が行われていて、気の遠くなるような数多くの実験を積み重ねてはじめて薬として認められるのはもうご承知のことです。
 昔から、医師は毎日の治療が実験である、医師が患者をみる、その一つ一つが実験であって、その実験によって医学、医療が進歩するのだという考え方があり、その中で良さそうだと認められた治療法や物質が使われて来ました。ところが、第2次大戦後にこうした実験に歯止めが掛けられることになりました。ニュ-ルンベルグの戦争裁判で、裁かれる側の、「医学の実験として行った」と主張する数々の行為の可否を判断するために、医学的実験に関して万人の認める道徳的規範を制定する必要があったのです。
 こうしてニュ-ルンベルグ・コ-ド(宣言)が生まれました。これは第1に被検者(患者)の同意を得なくてはならないことからはじまり、その実験が社会にとって有用であること、人体に及ぼされる以前に動物により十分な知識を得ておかねばならないこと、被検者に肉体的、精神的苦痛を与えないこと、など10ヶ条より成っています。
 この原則はその後、米国医師会、世界医師会などにより採り上げられ、認められて、さらに、各方面に大きな影響を与えています。現在のわが国の医薬品の承認制度は、世界中で最も厳しい、最も良い制度であると思いますが、まさにこの原則の適用の典型的な例であることは、もうご承知のことです。
 そして、この原則は医療、現実の治療にも影響を及ぼしていると考えます。つまり、医師は治療を強制するとか、権威主義的な態度を捨てはじめています。医師は患者がどんな気持で治療を受けているか、患者が同意し納得しているのかに関心を示し、積極的に治療に協力させるよう、患者を教育しようと考えるようになっています。

5. 生活態度と高齢化
 ここで話を、医療の費用の負担の区別に戻しましょう。医療保険が実施されて、個人に代って地域・職場がその費用の支払を行うことになると、「どうせ保険料を払っているのだ」「保険を使わねば損だ」とばかりに、ちょっと不都合でも受診しようとの傾向が出てきたのですが、ここで問題なのは、多くの人々の生活態度が崩れて、投げやりな日常生活になりがちなことです。
 こうした人々が増えると、その地域、職業はどうなるでしょう。折角集めた保険料はどんどん使われてしまいます。保険財政の赤字が生まれます。これではいけないとなって、地域・職場は、医療費というお金の管理以外に、生活・作業環境の整備、衛生の教育を行うと同時に、病気を軽いうちに見付けるような検診を積極的に行うことになって来ました。
 その模範的な地域に、今日このあとお話のある岩手県沢内村があります。僻地であり、乳児死亡率が全国一だったという不衛生な村を、良いリ-ダ-のもと住民の皆さんの協力と努力によって、大変に衛生的な、模範的な村に変貌させたのであります。
 投げやりな生活をしない、検診によって軽いうちに病気を見つける、保健婦さんなどが面倒を見る、といった地域ぐるみの努力が住みよい環境を作り出しました。
 医療が受けやすくなる一方で、地域・職業のこうした努力が続けられてくると、人々の寿命は次第に延びて来ます。人生50年といわれた寿命が、今や80年に近くなってきました。65歳以上の人々の比率が10%を越えました。高齢社会の到来であります。この傾向はさらに将来も続き、21世紀当初には、15%に達するといわれています。
 寿命が長くなったことは喜ばしいことですが、しかし、問題があります。
 昭和58年(1983)の統計によると、45歳以上の人口割合は42%弱であるにもかかわらず、医療費は66%余り、全体の2/3を使っています。入院外の主な疾病は循環器官、消化器管、筋骨格関係で60%を占めています。
 21世紀の医療、われわれの受け持つ入院外の医療の焦点は、こうした高齢者の医療であるといって過言ではなかろうと思います。

6.慢性病治療の動向
 さて、お金のことを考えずに受診できる、地域・職場の検診も普及して来た、ということで問題の慢性病は早期に発見することができ、治療が始められる体制ができてきました。ところが、肝腎の治療に関しては昔と変わりません。過去の急性疾病の多かった頃のやり方が残り、良い治療を受けられる形ができていないようです。
 例を挙げてみましょう。
 地域・職業の検診で、高血圧が見つけられたとしましょう。早速、医師に診てもらうと、生活の指導をされます。体重を減らしなさい、深酒をやめなさい、ストレスのかからぬような生活をしなさい。食餌の指導もあります。具体的な体重の減らし方、蛋白質の摂り方、ナトリウム摂取の制限などがそれです。さらに薬物治療が加えられ、降圧利尿剤を1日に1回位のむことになります。ここまでは合格ですが、問題はそのあとです。
 さて、こうした治療を受けて、数ヶ月もたつと、患者はもうすっかり治ったと思い込みます。一週間後にまたいらっしゃいといっても、来なくなります。もともと自覚症状もない位の時に病気を見つけられたのでしょうから、治療を続ける意欲が続く筈がありません。医師が強制しようにも医院に来ません。生活も元に戻ってしまいます。一度、約束を破ってお医者さんへ行かなくなると、なんだかきまりが悪い、叱られるかもしれない、仕事が忙しい、待たされるのは厭であるなど、様々な理屈をつけて、治療を中断してしまいます。
 ところが、高血圧の場合には、殆どの場合に治っているわけではないのです。むしろ、だんだんに病気が進行します。暫くすると、心臓や腎臓に障害が出たり、脳卒中を起こす羽目になる。糖尿病の場合には血管や神経が侵されることになります。そして、次には病気を重くしての受診・治療が始まる結果となるのは、もう目に見えた事です。折角、病気を早期に発見しても、これではなんにもなりません。強制や権威主義的な方法では、継続的な治療が行えないとなれば、考え方を変えねばなりません。

7.チ-ムメディシン(Team Medicine)による地域医療
 慢性病の患者の治療を、医師だけでなく、地域の医療関係者の協力を求めて、治療して行く、チ-ムメディシンの考え方が浮かんで来ました。医師が中心になって、看護婦、保健婦、栄養士に薬剤師も加わって、協力して治療をするのです。患者が治療を理解し、納得し、協力するよう教育しながら、皆んなで力を合わせて治療して行こう、というわけです。患者さんが来たら診てあげましょうとか、処方せんが来たら調剤してあげましょう、というのとは違った、もっと積極的に患者(住民)の健康を守るという考え方で、これは先に述べた地域や職業の考え方の変り方と同じ方向だと思います。
 繰り返しになりますが、患者に対して従来の強制・云い渡しではなく、理解してもらう、納得してもらう、協力してもらう、そのために教育する、ことになります。
 この変化を的確にとらえた、医師の側からの、従来の薬物治療についての指摘があります。聖路加看護大学長の日野原重明先生は、医師は本当に患者の身になって薬を出していなかったのではないか、医師は患者が従順に薬をのんでいると思っているが、調べてみると案外、問題があるではないか、ということです。(図2-1)
 そして、さらに、医師としての反省として、これまでのやり方は、決して科学的ではないと、医師自身で厳しい反省をされています。さらに、処方せんの第三者による鑑査の必要性を挙げて、これは、特別に訓練された薬剤師の仕事ではないか、と提案されています。(図2-2)
 さて、薬剤師の方も反省しなければなりません。患者が医師の指示・指導に従う有様をコンプライアンスといい、その調査が米国をはじめとして、わが国でもしばしば行われていますが、患者の半分も指導を守らない、薬をのんでいない、忘れてしまっている、といった結果は珍しくありません。折角、早期に病気を発見しながら、治療を継続できなくて、病気を重くするのは実におかしな話です。
 処方せんがでてくるから調剤しますよということで、薬をつくったらそれでいいのか、そうではないと思うのです。つまり、薬をつくるということに目を奪われすぎますと、薬をつくればいいじゃないか、患者さんが治ろうが治るまいが、とにかく薬をつくればよろしかろう、ということになりかねないわけです。むしろ、薬をつくるというのは、薬物治療の一部でありまして、患者さんを治すことが目的なのでありますから、その目的を忘れて患者ののまない薬をつくってもはじまりません。
 この観点で、現在の開局薬剤師を図示すると、「図3-1」となります。この型は医師の投薬型「図3-2」と殆ど変わりません。病(医)院の調剤所が、ただ分離した型となっています。たしかに、これでも意味がないわけではありません。医師が自分の在庫の薬しか使わないことがなくなるとか、薬の使い過ぎがなくなる、といった面では効果があると思われますが、よく言われるように下請型分業の型でもあるわけです。
 ところが、開局薬剤師は、医療機関と家庭の丁度中間に位置していることが重要だ、といわれはじめています。患者が治療を受けて家庭に戻る、その最後に会う医療関係者が開局薬剤師です。この立場を、もっと深く認識する必要がありそうです。薬剤師は治療についての疑問、不満、などを知るに最も都合の良い場所に居るわけです。そのまま患者を家庭に帰さずに、その疑問を解き、不満を解消して、患者に治療への意欲をわかせねばなりません。このために、開局薬剤師は自分勝手な行動をせず医師の治療意図を十分に理解して患者に理解させ、納得させる事を行うことが望まれます。これを図示すれば「図3-3」になろうかと思います。薬局で病院、医院から出てきた処方せんをただ調剤するということだけではなくて、開局薬剤師が患者さんとの間に緊密な連絡、コミュニケ-ションをつくり出すのが本当でしょう。
 お医者さんは「病院に来てくれたらいいんだけれど」ということではなくて、それが慢性病でありましたら、お医者さんが指揮者になって、薬物治療は薬局に任せる、栄養士が栄養指導をするとか、また保健婦さんが生活指導をするとか、その地域の医療関係者が寄ってたかって治す、ということが望ましいのでしょう。開局薬剤師は、そんなチ-ムの一員となることが必要だと思います。「処方せんが来たら、調剤してあげるよ」という姿勢では、もはや地域の医療の期待に沿えないのではないでしょうか。積極的に、薬物治療の責任を引き受けるのだ、という形であり、そこに開局薬剤師の地域での役割の期待がある、と思っております。

8.医療費用負担のバランス
 もう一度、話を元に戻しましょう。医療費用の支払いが、個人から職場・地域へ、さらに社会全体へと動いたと申しました。その費用の支払いは職場・地域だが、保険料を払うのは、相変わらず個人である。それを意識しないと、医療費はどんどん増えてしまいます。職業や地域が、いくら声を大きくして節約を叫んだところで、やはり「ただ」では無駄使いは止められないようです。そこで、受益者負担の意味もあるから、個人にも支払いの責任を持ってもらいたい、というのが、診療費用の一部負担の復活です。
 受診の際に、一部負担を支払うことになると、今までのように気楽に病(医)院へ行くわけにはいきません。その分が買い薬として薬局へ戻って来るのではないか、との期待があるようです。
 たしかに、健康が損なわれた状態、不健康な状態、といったときに、薬局を訪れて相談する、というのは世界共通のやり方です。多くの国々では、かなりのOTC医薬品を使っています。しかし、このやり方に反対の人々もあります。それは、表面は簡単に見える病気も、実は重い病気の症状の一つかもしれない、やはり病気は早期発見が大切で、医師への受診が優先すべきだ、という意見です。この意見を無視するわけにはいきませんが、反論もあります。
 第一は、人々はしばしば、不健康な状態に陥ることがあり、その度にすぐ専門家を頼ろうとする考え方は正しいのだろうか、転んだらまず自分で立ち上がろうとするのが本当であろう。自立自尊の精神はいつの社会でも必要だ。第二は(重症な)病気の発見は、職場・地域の検診が効果を発揮している現在、必ずしも軽症の受診は必要とは考えられない。第三に、受診の時間的、経済的負担を考えたら、受診はもっと慎重に考えるべきだ、といったことです。開局薬剤師として保険財政の赤字と、一部負担によって、すぐにも薬局のOTC医薬品が利用され、その売上増に繋がると考えるのは、多少即断があるのではないかと思います。そう簡単に問屋が卸さない、という感じがします。費用の面から、一部負担との関係で考えねばならぬことですし、医療の中の一つの機能としてOTC医薬品が使われることなのだと思います。ですから、薬局でのOTC医薬品の取扱いに条件ができると思います。それは、
1) 受け持つ範囲の設定→品揃え
2) 保険との競合による経済的制約
3) 初期医療としての情報管理
 現在のOTCは有効性についてよりもむしろ安全性に主眼が置かれた医薬品のように見受けられます。有効性について医療用薬品はライフルに、OTC医薬品は散弾を装填したショットガンに喩えられていました。OTC医薬品を選ぶのは専門家ではないのだから、というわけです。だからといって、たとえ少量ずつでも、不要の薬をのまねばならないというのは不合理ですから、ライフルでなくとも、拳銃位で良いから、性格のはっきりしたOTC医薬品、有効性をも十分に吟味したものが望まれます。一方で、適応症の選定と整理が必要でしょう。先にお話した高血圧や糖尿病の場合に使うOTC医薬品を用意することは、どう考えてもおかしい話でしょう。
 第二の問題は一部負担額との競合です。OTCが本当にOTCの役割を果たすのは、その競合を乗り越えた時です。
 第三は、OTCが地域保健の一つの機能であることです。

9.地域社会との関係
 さて、OTCと処方せんの調剤、開局薬剤師はこの2つを柱に仕事をして行くのですが、実はまだ問題点があります。
 現在のわが国では、薬など生活環境にある化学物質を含めて、よく管理された状態ではないんじゃないか、覚醒剤の中毒はかなりの人々を傷つけていることは厚生白書や新聞等が指摘しています。この一年だけでもクレスチンやアスコンプなどの「にせ薬」の偽造が行われたと新聞は報じています。一方では薬価基準と実勢価格の差が大き過ぎると社会問題になっていることもあります。また自動販売機の取り出し口にパラコ-トなどの農薬を混入した飲料瓶を入れて、他人に危害を加えようといういたずらというより、悪質な犯罪も流行しています。
 昔から、薬というものは大変に有用であるけれど、また反面、困った性質がある。社会の中で必需品ではあるが、だからといって野放しにしておけない、誰かが、きちっと管理しなければならないもの、ということになっています。薬剤師は薬の専門家と言われています。それは一体、何を指すのでしょうか。自分の扱っている個々の薬についての知識があることも重要でしょうが、それだけでなく、社会が必要とする薬全体を手際よく管理して、社会の各方面で働いている、また生活している人々に危険なく、安全に使ってもらう、という役割をも果たして来た歴史があります。これが、調剤師という調剤技術者ではなく薬剤師という名前にも表わされているのではないでしょうか。
 むしろ、薬は放り出しておくと、社会に害毒を及ぼす手に負えない、難しいもの、悪い性質も併せ持っている。その悪い面を押さえ込む為に、薬剤師職業が必要なのだ、そんな風に考えてもいいのでしょう。わが国では薬の悪口を言うと「薬剤師の仲間に入れてやらない」という雰囲気がありますが、薬はただ人間に恩恵を与える物という単純な物ではなさそうです。薬は人間に害毒を与えることもあり、その番人、住民の保護者としての性格を持つ職業像を創り出すことが大切ではないでしょうか。
 「図4」に吉田甚吉先生(岐阜薬大)流に、薬の性質を並べてみました*2)。「薬」はいつの時代でも、どの社会でも、人々の命を救うものです。生命に深い関連があり、人を助け、苦痛を和らげ、生存のための必需品であり、生活に不可欠な物である、といった貴重な物、大変に有害な性質を持っています。微量で有効であること、沢山使えば副作用を現わすこと、つまり効果発現域が極めて狭いため、品質の良いものを選んで使わねばならない、高品質性が要求されると同時に、その危険を回避するために、技術を要します。
 一方、緊急に必要が生まれ、代替がきかないことから、良い地域分布が望まれます。望む薬を、誰でもが手に入れられるような供給態勢をつくっておかねばならない。同時に、薬の人の命を救うという性質の裏には、人の弱みにつけ込んで暴利をむさぼることのできる性質がある、これを防止しておくことが大切である。と同時に、品質の悪い物、にせ物、偽和物を造って儲けようという人達に対抗するため、規格が必要である。麻薬のように依存性や耽溺性のある手に負えない面もある。また変質し易い、保存性が悪いなどやっかいな性質もある。というわけで、普通の食物や雑貨などを扱うようにはいかない。社会全体を考えてコントロ-ルしなければならないという面倒な、難しい物(商品)であることを前提として、薬剤師が、その安全管理を買って出た、社会の方も任せましょう、ということになり、行政と力を合わせて努力して来たのが薬剤師の歴史でありましょう。ヨ-ロッパの薬剤師の歴史はこの関係の典型的なものでしょう。ですから、個々の薬の価格に、こうした仕事のご苦労賃が入っているし、薬剤師の職業像もそんな背景を反映していると思われます。

10.開局薬剤師のその社会での役割
 現在の開局薬剤師、街の薬局の現状は、決して理想的でもありませんし、一般に良い状態であるとも言えないかもしれません。しかし、これまで申し上げた3つの仕事は、薬剤師、特に開局薬剤師と薬局が引き受けるのに好適と言うか、薬剤師の為にある仕事、本来の仕事として、わが国社会に存在しているのです。そして、現在のわれわれ薬剤師の行っている仕事と、殆ど同じです。しかし、その取り組み方、立ち向かい方がちょっと違っています。
 調剤は、「処方せんが来たら調剤してあげる」ことではなくなっています。地域の患者の薬物治療を引き受けて、医師を中心とした医療チ-ムの一員として、寄ってたかって、患者さんを治して行く、地域保健に協力して行くという形になるでしょう。OTC薬の販売も同じです。日本古来の買い薬の習慣は、無くなったと考えた方が良いのではないでしょうか。その代りに、新しい形で不健康な人々に薬局がOTC薬を使って地域のヘルスケアを行うことになる。そして、薬剤師の眼を、薬局の中だけに限定せず、広い意味の薬の専門家として、地域の薬の供給を薬剤師が管理していく。
 こうした役割があることは、開局薬剤師としては大変うれしいことなのであります。役割の無くなった職業の少なくないこともご承知のことで、こうした職業は消え去ってしまいます。この三つはかなりの重要な仕事であるかと思うわけであります。ところが、三つの役割があると申しても、それを実現するのは、結構大変なことなのであります。役割があっても、その職業人達に力がなかったり、ただ手をこまねいて座っているだけでは、決して、その人達の仕事にならないのが普通であります。つまり、他業種との競争もありましょうし、同業者の競争もあると思います。例えば、薬歴などもそうであります。例えば、「薬歴をつけよう」と言いますと、当初は「大変いいことだなあ」と、みんな賛成いたします。ところが、いざ実際に実行することになると、仲間内から反対が出ます。面倒なことはやめよう、というわけです。一人だけでやり始めると、案外費用も労力もかかることですから、競争に負けることも考えられます。お医者さんの方もまた観念的には、反対なのが普通です。医師の仕事の領域ではないか、余計なことではないかというわけです。ところが、米国を初めとして、ペ-シェントプロファイル(患者情報)を薬剤師が持つということに関して、大変賛成をする医師がふえてきたということです。それはどうしてかというと、実際の治療で役に立って来ている、副作用を防止できる、質の良い薬物治療ができることが実証されてくると、その医師は賛成にまわるわけなのですが、観念的には反対なのは世界中どこでもそうなのです。ところが、世界中どこの薬剤師に聞いても、実例を示して根気よく説明して、だんだん賛成を取りつけていったらうまくいった。これが世界中の通例、これが当たり前の経過のようです。ある職業人が良いことをやりたい、われわれの場合には薬物治療の安全とその有効さを増す、水準を高めて行こうとする動きなのですが、これを始めから理解してもらえない、それを意欲的に説明し説得して実現して行く、これはどの職業にも当てはまることなのだと思います。医師や患者の無理解を理由にして、薬歴などやめましょうということになりますと、それはそれで打ち切りの理屈として通ってしまいます。むしろ薬歴というのは大変手間がかかりますから、そんなことを一人だけでまじめにやっていると、そのまじめな薬剤師がつぶされてしまう。職業人は、その時代に合わせて職業の内容、そして職業像を創り出して行く、その意欲がなければ職業として永続して行かないと思うのです。この職業人の社会への働きかけをどうするか、これは、仲々簡単には行かない事のようです。

11.努力する姿勢の表現
 最後に申し上げたいのですが、もう25年も前のことですが、ドイツの薬剤師会に可児先生(元日薬副会長)のお供でまいったことがあります。可児先生がドイツの薬局を見学されて、こんなことを言われました。「ドイツの事情は、日本から見れば大変うらやましい。それにもかかわらず、薬局で住民や患者に対して、自分の職業に関して非常に積極的に宣伝活動をしている、これはまたどうしてでしょう。もうドイツでは医薬分業の制度は確固たる形ができているのではないですか。日本では、まだ医薬分業制が形になっていないので、随分と努力している積もりです。その上、法改正をしようと思っても、なかなか法律などの改正はうまくいかないんですよ」と、そういう話をされたわけなのです。それに対して薬剤師会の会長さんの答えは、「社会への動きをやめたら、それでその職業はおしまいじゃないですか。社会に対して自分たちが貢献していることを、どんどん主張しなければ、むしろ認めてくれないのが社会なんですよ。薬剤師はドイツでは古くから認められ尊重された職業です。それは常に社会の人々に薬剤師職業の本質を知らせる努力を重ねているからです。それを忘れたら、もうすぐにも社会的な役割もなくなり、報酬も下げられてしまいます。それが社会だと思っています。」という話でした。同時に、法改正が思うようにいかないという話に関しましては、「私たちは、法改正というものは、三世代、70年から75年を考えているんですよ。つまり初めの25年で、一般の人達に、どうして法を改正しなければならないのかということを説明しなきゃならない。それに一世代はかかるんじゃないですか。次の一世代で、実際に同意をされた方法を立法していく、具体化していく。それに25年はかかるでしょう。あとの25年は、その立法された法律がうまく社会になじむように、我々は努力しなければならない、ということで三世代かかると思っていますから、日本でも焦らずにおやりになったらいかがですか。」というふうに話をされていたのを横で聞いていまして、職業人というのはそうしたものなのか、と大変感心したことを覚えております。
 そのころ、今でもですが、我々は、ドイツの薬剤師は社会的にも認められて、大変いい状態にあるのだなと思っていたわけですけれども、決して、それが、彼らがぼんやりしてなったというものでもないし、また、そうなったからといって、ぼんやりしていたわけでもない、結構、一生懸命やっていたし、現在もやっているということです。例えば薬局の開局時間について、非常にていねいに、合理的に広範な周知を行っているわけですが、これは休日の当番制を通じて、地域社会の薬の供給は、開局薬剤師が引き受けて、万全を期しています、という職業人の責任と貢献を、常に多くの人々に知って貰うという意欲の現われとみることができます。さて、私は開局薬局、薬剤師の現状を良しとも考えていませんし、決してこれからも平坦ではないと思いますが、先ほどからお話し申し上げているように、ちゃんとした役割がいくつもあります。その役割をうまくまとめて、それを実現させていくということになれば、決して薬剤師に悲願したものでもない、そう考えます。
 きょうお話を申し上げた問題について、これから15年、どうなるか私もわかりません。そのころは、現在よりもっと高齢社会になっていると存じます。やはり私自身も健康な人間として生きていたいと思っております。いい社会生活、いい家庭生活ができるような医療が、われわれも一生懸命お手伝いをして、できるような社会にもっていきたいと考えます。どうも長い間、ありがとうございました。(拍手)

参考文献
*1)日野原重明「医療と教育の刷新を求めて」医学書院1979
*2)吉田甚吉「薬業経営論」評論社(1962)

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