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薬剤師とコンピュ-タ(2,2,6)
―――患者志向調剤システム(APO-S)の場合―――
医薬ジャ-ナル Vol.16,No.12 1980-12
1. はじめに
われわれはコンピュ-タを利用した地域(開局)薬局向調剤システムを開発した。このシステムは調剤の省力化や能率化を目的としたものではなく、また現在の調剤業務をそのままコンピュ-タシステムに移し変えたものでもない。地域薬局薬剤師の臨床薬学の立場での役割を踏まえて、地域薬局で蒐集できる限りの患者情報を収集、管理すると共に、処方せん検索や調剤の際に行う各種のチェック機能をもっている。このため、このシステムを使用することにより薬剤師は薬物治療の、特に安全性の確保に相当な力を発揮できることとなった。
さらに、このシステムは薬剤師を専門の業務に専念させるため、事務処理などのル-チン作業を行う機能を併せ持っている。
APO-S(Advanced Patient Oriented Pharmacy System,患者志向調剤システム)と名付けたこのシステムは昭和51年より開発に着手し、慶応大学工学部管理工学科浦研究室の協力を得て、昭和55年初頭より水野調剤薬局で稼動(試用)している。ここではシステム開発するに至った意図と薬剤師の係わり方について述べる。
2. システム開発の狙い
地域薬局の調剤(昭和40年代)
1909年に開設された水野薬局は処方せんの発行に恵まれて、1964年に調剤のみを行う最初の地域薬局として現在地に水野調剤薬局を移転新設*1)した。調剤のみを扱うことから、当然のこととはいえ、調剤技術の習得や向上に努めると共に医薬品管理などに留意して、正確な調剤を行う努力を積み重ねてきた。
昭和30年代に健康保険制度が普及すると共に医療の規模は急速に拡大して薬物治療の需要の増大に繁った。一方、その頃から製剤(錠剤、カプセル剤など)が繁用されはじめたが、この製剤の使用による調剤の能率化は需要急増に薬剤師が対応し得た大きな要因であった。
しかしまた、この製剤使用は調剤の能率至上主義ともいえる風潮を生み出すことになった。社会保険の限られた調剤報酬の枠の中ではやむを得ないことであったかもしれないが、薬剤師の役割を喪失する印象を与えたことも事実であった。
それでなくてもル-チン作業の多い調剤について、若い薬剤師のうちには「調剤とは鋏の使い方の巧拙でしかない」と素直に云い、多寡をくくる人々が現われ、調剤は面白くない仕事という見方が広まった。他方では、開業医に処方せんの発行を勧誘すると、「鋏で切り取るくらいの作業を、わざわざ薬局に出して患者の便宜を失わせることはない」と、他に経済的な問題などがあるにせよ、調剤を極めつける医師も増えてきたのである。この見方は皮相的であって、実際に仕事に携わる者として納得しかねる点もあるが、外から見た印象として必ずしも否定できない点がある。薬剤師が忠実に仕事を消化して医療に貢献し、役割を果たしているつもりでも、調剤は単純作業であり、誰にでもできることと、一般からは評価されない羽目に追い込まれてしまったのである。
Clinical Pharmacyへの傾斜
昭和40年代はまた、医薬品の再評価が始まる一方、幾つかの社会的にも大きな影響を与えた問題が起きるなどして、薬物治療が厳しく見直された時期であった。
薬物治療に対して薬剤師がこれまでと違った立場で取組もうとするClinical Pharmacyについて、先覚的な人々による紹介が盛んに行われた。この新しい薬学は医療薬学とか臨床薬学と訳されたためか、医療面を重視した薬学と漠然とした受取られ方をしたり、医薬品情報が重点という簡単な理解もあったように見える。
われわれは、この薬学の本質を理解しようと努めた。これまでの薬学は、薬を対象として、その薬を適用するヒトという(生物の)種を視点に捕えていた。しかし、薬の作用は、必ずしも種に共通ではなく、さらに、個体をも明確に捕えることが必要となる。Clinical PharmacyをPatient Oriented Pharmacyともいうのは、Patientを「その患者」としてはっきり掴むことを求められているのであり、現在の医学はこのレベルでの薬物治療を要求しているとし、われわれはその求めに応えた調剤をしようと決心したのである。
地域薬局で蒐集できる患者情報
Clinical Pharmacyの立場に立つ地域薬局の薬剤師は、処方せんのみに基づいて調剤するのではなく、あらかじめ蒐集した「その患者の情報、薬歴」を参照することが前提となる。
病院薬局と違って、地域薬局では医師、看護婦などから情報を受けるに相当な制約がある。また、患者面接<Patient Interview>の習慣がないことや、薬に対して理性より感情が現われる場合もあり、慎重な取組みが必要であろう。
表1はClinical Pharmacy Practice*2)に挙げられた地域薬局の患者情報の例であるが、われわれは表2の項目に整理して収集することとした。
収集した患者情報の管理
患者情報を集めることも大仕事であるが、その整理、検索などもまたこれまでの薬局業務の大部分に影響を及ぼす大変革となると感じた。
かつてわれわれは患者のアレルギ-情報の記録だけでも持とうと、患者票を作成しこれを処方せんファイルとして整理しようと試みたことがある。ところが、検索に時間がかかる、患者の二重登録を防げない、調剤報酬請求が混乱するなどですぐ中止せねばならなかった。この苦い経験から、もし患者別ファイルを作るならば、コンピュ-タ利用以外は不可能と考えていた。
こうして、将来の地域薬局の調剤は、Clinical Pharmacyの立場に立たねばならぬし、そのためにはコンピュ-タ利用が必須であると結論せざるを得なかった。
3. 薬剤師とコンピュ-タ
開発への着手
半導体技術などの急速な進歩によって、コンピュ-タ(Hardware,特に記憶装置)の価格が低下する傾向が著しくなり、1980年代になれば地域薬局でも相当なシステムを使える見通しが立ってきた。図1は半導体メモリ-の1ビット(信号の単位)当りの価格の推移であるが、劇的な状況を示している。しかし、プログラムなどのSoftwareは人件費と共にむしろ上昇する傾向にある。これらを勘案して完成を昭和57年頃と想定し、開発に着手したのが昭和51年のことである。
調剤システムの構想
患者情報の管理が相当に大仕掛なことになることは予想していたが、検討を加えるうちに、機械に情報管理だけをさせると、その機械の費用、情報入力の費用などで、限られた社保調剤報酬では将来といえども採算がとれないことが判ってきた。このため、料金計算、ラベル作成、社保調剤報酬明細書作成、在庫管理などを機械に任せ、その部門での人件費を節約することとした。
こうして、コンピュ-タの役割は薬局業務の全般に及ぶこととなり、調剤システムと呼ぶにふさわしいものとなった。
医療の特殊性とコンピュ-タ
コンピュ-タは機械を買って据え付けても、すぐには動かない。あらかじめプログラムを作り、それを憶えさせる必要のあることを周知のことである。ビジネスの分野では既に広くコンピュ-タが使われているので、特殊な仕事でない限りコンピュ-タ製造会社、ソフトウェア会社に依頼すれば比較的容易にコンピュ-タを利用できるようになる。
ところが医療の分野では反対に、特別な場合(例えば社保請求明細書作成)を除いて簡単にはいかない。コンピュ-タを医療に用いることの研究は盛んに行われているが、実用に供されているものは極めて少ない。コンピュ-タにとって医療は未開の分野なのである。
何人かの専門家と会う間に次第に判ってきたのは、一般的に医療はビジネスと違い仕事の筋道が一本道でなく、やたらと判断を要する分岐が多いことがある。人間には簡単であっても、コンピュ-タにとって判断は難しい仕事らしいのである。あらかじめ、あらゆる場合を想定してその対策を指示しておかなければプログラムが動いてくれない。分岐の多いプログラムは複雑となり、本筋から離れたものになりやすい。
現在のコンピュ-タ利用の水準では、どうして も人間の得意とするところ、コンピュ-タの優れている点をはっきり掴んで、本末転倒、些事優先にならぬよう、薬剤師が関与する必要がある。調剤の本質を理解している者がコンピュ-タも知り、かなり突込んだ関与をせねば実用になる調剤システムは生まれないと考えた。
薬剤師のコンピュ-タ・アレルギ-
薬剤師であるわれわれは、コンピュ-タ、もしくはコンピュ-タ的思考に馴染が薄いのが普通である。むしろ反撥すら感じている。しかし、調剤システムが完成した暁には、薬剤師は毎日CRT(ブラウン管)画面とキ-ボ-ドを前にして働かねばならない。薬剤師がシステムの操作法を習熟するだけで、コンピュ-タが驚くほどの正確さと速さをもって、患者情報を記憶し、用に臨んで出力し、また警告を発するのを、忠実な召使いが働いた結果として受取るのみでは寂しいという疑問が生まれる。これはあたかも、天秤の操作法に熟練しても、動作の原理を知らなければ、その正確さについての判断をくだせないのと似ている。
まして、患者情報の管理は調剤の過程においてProfessionとしての立場を強調する意図によるもので、機械的結果表示を鵜呑みにすることには問題がある。
システムの開発に直接関与せずに、システムを操作するだけでも、薬剤師はコンピュ-タについて或程度の知識を持つことが望ましいと考えた。
局員教育
システム導入を前提として、調剤薬局の全局員に対して次の2項目を強調した研修、教育を行った。
1) これまでの調剤とClinical Pharmacyの違いについて。
Patient Orientの概念(むしろ思想というべき)に対して、薬剤師はもちろん補助員にも十分な理解を求めた。
2) コンピュ-タの基礎知識について。
動作の概要から、情報を収納するファイルの概念、実際について習得する。
この研修は次の段階を経た。
1) 接近。マイクロコンピュ-タが爆発的に流行をはじめた時期であったので、「PET」を購入して食堂に置き局員が自由に使えることとした。プログラムの概要を知るために、BASIC(プログラム言語の一つで入門者に最適といわれる)の講習会に全局員が参加して、実際に簡単なプログラムを作ってみた。
2) 教育。終業後に週1回2時間程度を費して、動作原理、論理演算、システム、ファイル、などについて勉強会を繰返し行った。
3) 習熟。専門のオペレ-タを置かず、全員が操作できることが望ましいと考え、先ずキ-ボ-ド入力に慣れるため、カナタイプを習得した。タイピスト学校に特別依頼して1回2時間、12日間の授業を全員で受けた。さらに、医薬品デ-タの入力を各人手分けして行い、実際の稼動時には相当な熟練度を持つまでになった。
薬剤師のコンピュ-タ・アレルギ-をなくそう、システムを道具として使いこなせるようにと始めたことであるが3年余りの期間を費した。システムが実働している現在の印象として、初期の目的は十分に果されたと思われる。
開発への関与
教育を行う間に、開発にも関与しようという薬剤師が出てきた。始めは半ば強制的に参画してもらっているうちに、進んで仕事の分担を受持ってくれる者も現われた。先に述べたように、薬剤師が係わらないとシステムが隔靴掻痒になる恐れがあり、これは極めて歓迎すべきことであった。
こうしてAPO-Sは基本計画、基本設計、ファイルやプログラム設計、デ-タ作成、デ-タ入力、システム・テストなどの開発の総てに、程度の差はあっても薬剤師が参加することになった。プログラム・コ-ディング(プログラム言語でプログラムを書く作業)のみを専門家であるソフト・ウェア会社に任せるのみでこのシステムは完成したのである。
これは、本来業務の調剤をかかえている地域薬局薬剤師として精神的にも肉体的にも、相当な負担であった。しかし、出来上がったシステムをわが子の如くに知り、親密感があることに加えて、コンピュ-タ的思考、発想というか、これまでと違った視点、視野で自分の仕事を見直すことができるなど多くの有益な副産物を得たはずである。
4. 開発を顧みて
患者情報の参照なしには調剤しない、という言葉で表わせば極めて簡単であることを実現するのに、薬局業務の殆どすべてに何等かの変更、影響を及ぼすほどの作業と5年間の年月を要した。
この作業は薬剤師として疑問を感じていなかった、マンネリ化した薬局業務の幾つかの部分を洗い出し再検討する機会を強制された意味で貴重な体験であった。何年かに一度のこうした「掃除」の重要性は今後の教訓として残されねばならない。
同時に、この洗い直しからはじめて、システムの開発に協力してくれた若い局員達の底力も驚くべき発見であった。途中膨大な量の作業を、挫折するのではどの危惧を尻目にやり遂げてシステム稼動にまで漕ぎつけた努力に、改めて感謝したい。
このシステムの実働に当って、付近の開業医をはじめとして、相当数の医師に対してシステムの説明を行い、趣旨についての理解を求めた。当初、われわれのシステムの発想が、これまでのわが国の医療習慣と、相当に違っているため、「薬剤師が出過ぎた真似をする」という批判を受けるのではないかと恐れていた。
ところが、それは全くの杞憂に過ぎず、意外なほどにわれわれの目指す、患者の安全を守る努力に賛意を示された。例えば患者デ-タの蒐集に積極的な協力を申し出られたり、薬歴デ-タ、複数科(かけもち)受診による重複投与などに強い関心を持ち、定期的に、もしくはその都度の連絡に大きな期待を示す医師が多かった。
地域医療でかなり重要な役割を担う立場にあるはずの、われわれ薬局薬剤師のこれまでの取組みの甘さを痛感され、反省させられるものがあった。
〔参考文献〕
*1)水野睦郎:調剤薬局の構想、薬局(南山堂)Vol.16,4、1965.
*2)CharlesW.Blissitt:Clinical Pharmacy Practis. p.328,Lea & Febiger,Philadelphia,1972. |
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