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地域薬局における患者と医薬品情報の管理の一例(2,2,2)
浦 昭二(慶応義塾大学工学部管理工学科)、近藤頌子(同大学情報研究所)、水野睦郎(水野調剤薬局)
医療情報学会、シンポジウム、1981-1-17
1. はじめに
われわれは地域薬局*1)で用いるコンピュ-タ・システムを開発して1980年1月より水野調剤薬局(東京)で試用を開始した。
このシステムはこれまで一般に地域薬局で行われて来た調剤業務を、そのまま移行したものでなく、現在と将来の医療、もしくは地域住民の求めに応えようとの意図に基づいて設計したものである。このため、システムは幾つかの事務処理機能を持つが、それはあくまでも、薬剤師とその補助者を専門的な業務に専念させるための方策であって、一義的な狙いは患者と医薬品に関する情報の管理にある。システムをAPO-S(Advanced Patiented Oriented Pharmacy System)と名付けたのも、この点を強調したかったからにほかならない。
2. 薬物治療の問題点と解決の方向
健康保険制度の急速な普及によって、患者受診率の上昇が誘起され、医療需要は増大を続けた。昭和30年代からの国民総医療費と国民総生産の動向を(表1)に示すが過去四半世紀の両者の伸びは驚異的であった。医療費に占める薬剤費もほゞ同じ率(〜34%〜)で推移しているので、調剤に対する需要の変化も推測できよう。
この調剤量の急増に薬局薬剤師が対応し得たのは、医薬品の製剤化が進み、はからずも調剤の能率向上に繁ったことによると思われる。
一方、世界的な規模で医薬品の開発競争が行われたが、これ等の中の幾つかの医薬品による事故は社会的な問題となったことも周知である(表2)。この結果当然のことながら薬もしくは薬物治療を厳しく見直す動きが起こり、Clinical Pharmacology(臨床薬理学)などの進歩を促すとともに、市販のすべての医薬品の再評価を行うなど、特に医薬品の開発、製造面で関係者の姿勢を変えさせている。
地域薬局の薬剤師として、日常の業務が表面的には何の支障もなく行われているように見えても、少しでも堀り下げると問題に出合うことから処方せんの調剤が従来のまゝの取組みで済まされぬことを実感していた。例えば、
1)医師と薬剤師の服用の指示を誤って聞く。2)指示を守らない。3)薬の副作用を病気の症状と混同している。4)副作用に気付かない。5)処方された薬以外の薬を服用して問題がおきている。などは決して珍しい例ではない。
医師の中にも、従来の薬物治療の厳しさに欠ける点のあることを自ら指摘しているのに注目しなければならない。日野原重明*2)は“自分の出した処方を、だれが監査auditするのか"と問題を提起している。
1)患者に薬のみを与えて、情報を与えないのは無責任な医療だ、と言われても仕方がない。2)患者から情報を得ようとしない、そのように患者を教育しない。3)与えた量のみを記録し、患者の飲んだ量を確認せずに次に進むのは、サイエンスとはいえない。4)患者の“生活像 Patient Profile"の考慮なしに治療は行えない。5)薬と薬の相互作用、6)薬と臨床検査の相互作用、7)薬の作用の個人差の例を挙げ、慎重に対処しよう、と提言し、さらに“臨床医が処方する際に良いコンサルタントが必要になってきているということだ"として、Clinical Pharmacistがそれにあたり、その養成の必要を説いている。
Clinical Pharmacist とはClinical Pharmacyと呼ばれた薬学の分野を体系的に修得した薬剤師に与えられる名称である。米国に興ったこの分野の薬学は臨床薬学、医療薬学と訳されて紹介されて来たが、わが国での教育と実践は数多い試みはあるものゝ、いまだに確立されたものとなってはいない。
Clinical Pharmacyの立場での薬剤師実務の臨床的役割の基本的要素として、C.W.BLISSIT*3)は、
1) Communication
2) Counseling
3) Consulting
をあげて、薬剤師と医師、看護婦および患者との関係を示している。また分野(表3)として薬剤師の業務を調剤に限定せず、患者を治すことだけでなくHealth Careに広げて新たな役割の重要さを云っている。これはHealth Professionの一員としての位置づけを明確にしようとしたもので、医師や他のProfessionを押しのけようとするものではないことはいうまでもない。
その上さらに、薬剤師の義務となるべきDrug Utlization(薬剤師の有効利用)(表4)の10項目を挙げて、実務に従事する薬剤師に展開した新しい役割は、処方薬のみならず薬剤の服用までに至る監視であり、それには患者情報(Patient Profile)が有用であるとしている。
われわれは日常業務の反省を基礎に現状の調剤を再検討した結果、これまでの処方せんを「正確」に調剤する、という薬にのみ目を向けた取組を変え、その「患者」に対して最も適切な調剤を行うこととしたいと考えた。それには、患者情報の重要性を認識して、その収集、管理を調剤の業務の中に組込む必要があり、それはまさに日野原の指摘するClinical Pharmacyの概念による調剤といえよう。
3. 調剤業務の見直しとシステム化
第1図はこれまでわれわれが地域薬局の調剤として行って来た作業の流れの大要を図に表したものである。調剤前、あるいは調剤薬の鑑査に際して処方せんのチェックを行うが、これはあくまで「ヒト」という生物の種に普遍的である事柄を前提とし、その患者についてのチェックは原則として行って居らず、強いて云えば、薬剤師の記憶に残った場合だけに限られていた。調剤記録(処方せん)の保管は法的に義務づけられているが、それは調剤の証拠文書としての意味に解釈され、時系列に従って整理保存することとしていた。記録を情報として積極的に利用する意図はなかったといえよう。
患者情報を収集し、加えて調剤記録(薬歴)の参照が可能となった場合の作業の流れを表わしたのが図2であり、即ちわれわれのシステムである。これは地域薬局の実務の実際からみると極めて大きな変化といわざるを得ない。
患者情報は調剤の都度、必ず参照しなければ意味がない。このため、調剤は処方せんと共に患者情報によるチェックリストを印刷し、これと照合しながら行うこととし、これを指示票(図3)と呼ぶこととした。これで「調剤は処方せんのみで行わず、患者情報を参照しながら行う」という原則が確立された。
新たに附加された作業は情報の収集、入力のみでも相当に労力を要すると予想された。このため、薬剤師の専門業務と考えられない事務処理について、でき得る限り機械化を勧め、この面で人件費の節約を図った。現在のシステムで、社会保険請求明細書、在庫管理、料金計算、ラベル書き(図4)、日次・月次の経理処理、統計資料作成はすべてコンピュ-タが行っている。
4. システムで管理する患者情報
地域薬局で処方せんから集められる患者情報を(表5)に示す。病院薬局の場合と違って、地域薬局薬剤師の収集できる患者情報は、一般的に医師、看護婦と連絡の困難なこと、患者面接の習慣のなかったことから、制限されたものとなる。
われわれは患者情報収集の第一段階として、医師に薬剤の選択を助言するに至らなくとも、薬剤による危険を防ぎ、薬物治療の安全を守る立場で必須と考えられる患者情報(表6)をシステムに組込み十分に活用しようと試みた。患者によっては、さらに詳細な情報を得ることができる場合のあることを考慮して「メモ」部を設け、長さに制限なく、また何時でも書込めることとした。
患者情報は患者ファイルに書込まれ、256Byteが基本長であり、永久に保存される記録となる。アクセスは患者名と患者IDナンバ-により、患者薬歴へのポインタを持っているので過去の処方せんを参照することができる。
患者薬歴は見出部(事務記録)と主記部(処方内容)よりなり、処方せんの形であとから投与の実態を調べられるように用法指示(剤)ごとに区分してある。処方せんをたどっていけば、その患者のすべての薬歴を知ることができる。この記録は一年でコンピュ-タ-よりとり出し、プリントされた記録として保存される。
薬歴は社保請求の資料として使われるうえ、次の調剤の際に前処方(前方)として表示される。さらに、システムは服用中の薬がある場合を考慮して薬歴を調べ、過量の投与と相互作用をチェックする。
習慣性、耽溺性を持つ薬のみならず、運用によって何等かの障害をおこし易い薬には Flagを立てゝあり、その薬が使われる場合にその患者の連用薬ファイルに書込まれる。この記録は、月末処理により自動的に整理されて6ヶ月を経るとファイルから消される。
5. システムの医薬品情報
地域薬局の実務で、医薬品情報(D.I.)を準備し、常に整備しておくことは最も本質的な業務である。さらにこれ等の情報を活用するためには迅速に検索する方法を確立せねばならないので、この面でコンピュ-タを利用することも大きな課題である。
しかしながら、このシステムの立上がりの時の作業量を考慮して、本業のD.I.機能を初めからシステムに持たせることをあきらめ、システムの管理する医薬品情報は処方せんの鑑査に必要な範囲に押さえることとした。このため、
1) 範囲:調剤薬局の在庫してある医薬品(製剤)とする。約2000Item。
2) 内容:システムが患者情報とのチェック、指示票作成に使用する項目(表7)とする。
以上を調剤ファイルと名付けた。
調剤ファイルは製剤ごとのレコ-ドであるので、同一成分の散剤が数種類存在する場合に、その成分の性質の変更(例えば新たに見出された副作用など)を書入れるのは繁雑である。このため、調剤ファイルとは別に(ジェネリック名で表される)成分をキ-としたレコ-ドにはその成分の性質のみを持つファイル(Bファイル)を用意した。相互作用の追加などの修正はこのファイルに書込むと自動的にそれを成分とする調剤ファイルの総てのレコ-ドに転記され、さらに確認のために修正された項目がプリントされる。
現在、地域薬局としてのD.I.は印刷物を基礎としているが、近い将来、調剤ファイル、Bファイルを充実してシステムにD.I.機能を持たせるようと考えている。
6. システムのチェック機能
システムは患者情報を管理し、CRT上に表示、もしくは指示票として印刷するだけでなく、薬と患者情報、薬対薬のチェックを行い、薬剤師に警告する(図5)。薬剤師はFail Safeの意味からもこのサインを見落とさぬよう注意し、措置を講ずる。
コンピュ-タの内部ではコ-ドとビットパタ-ンを併用して効率的なチェックを行って処理時間を短縮するよう工夫してある。
7.システムの構成
現在、システムはNCRI-8270(256KBメモリ-)に81MDディスク1台、ラインプリンタ(175LPM)CRT1台を中央処理装置側として、調剤薬局にはCRTとプリンタを組合せたタ-ミナル2セットを設置し、1200BPSの専用回線で結んでいる。
中央側にはシステム管理者として一名のSEが勤務している。タ-ミナル側には特別なオペレ-タを置かず薬剤師が操作を行うこととしている。使用言語はCOBOLである。
8. むすび
このシステムは地域薬局での患者情報管理による薬物治療の安全を守ることを狙いとしているため、暗中模索、手さぐりで作業を進めねばならない事柄が少なくなかった。このため、われわれ薬剤師とコンピュ-タ関係者はそれぞれの立場で密接に協力し合ってシステムの立案、設計にあたった。薬のデ-タの収集、ファイルの作成は薬剤師側が行った。プログラムのコ-ディングはN.C.R.、ソフトウェア会社に依頼したが、それ以外は総て手造りである。
実際に試用を開始して約一年、その間数多くのプログラムの手直しを行ったが、今後さらに実際の運用の経験を採り入れて改良していかなければならない。
現在、APO-Sは一薬局で動いているが、複数の薬局で利用できるシステムに拡大するための実験薬局を開設し、目下回線の架設を申請中である。
*1)Community Pharmacy:開局薬局あるいは小売薬局とも云うが、特に近年は地域もしくは地域住民に対する役割を強調して、病院薬局と対照的な術語として用いることが多い。
*2)日野原 重明、医療と教育の刷新を求めて、P227、医学書院、(東京)1979
*3)Charles W. BLSSITT. Clinical Pharmacy Practice,P.5,Lea S Febiger ,Phila.,1972 |
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