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患者志向の薬局システム(APO-S)について(2,2,1)
共著:浦 昭二・青木 隆・小川長樹・川口 明(慶応義塾大学工学部管理工学科)、近藤頌子(同大情報学研究所)、水野睦郎・山本信夫・川俣新治・野沢近太郎・坪内真知子(東京・水野調剤薬局)
MEDINFO ’80,1980:1,(英文の日本語訳)
この論文は、地域薬局におけるコンピュ-タ-システムを設計する際に、その基本となるべき概念について検討し、さらに、この概念をもとに設計した、システムAPO-S(Advanced Patient Oriented Pharmacy System,患者志向の薬局システム)の構造について述べたものである。
地域薬局用に開発されたシステムは、在庫管理やレセプト作成などの事務処理に主眼をおいたものが多い。しかし薬局のシステムは本質的には患者の安全を志向したものであろう。薬剤師が患者の処方を調剤する際、現在のところ特定の患者への、その薬品の安全性、または、その患者に対してもたらす薬品の影響を特に考えていない。しかし、そうであってはならない。薬剤師は個々の患者の固有のことについてもっと注意を払うべきである。そこで、患者志向のシステムは患者ごとのくわしい情報を備え持っていることが必要不可欠である。
APO-Sの中核になるものは患者個人ごとの薬品情報の集積であって、それによって、処方せんに書かれている薬品間の相互作用にチェックだけでなく、その患者個人と薬品との関係(たとえば、その患者はその薬品に対しアレルギ-がないか、その患者はその薬品を使うのが好ましくない既往症をもっていないか)をもチェックすることが可能である。
日本では近年、薬の副作用についての関心が高まって来ており、地域薬局や薬剤師は、患者をより安全に保護するようサ-ビスを強化することが要求されるようになってきている。このような状況のもとでこのシステムの持つ意義は大きいと思われる。
1. はじめに
1964年に、水野は日本で最初の調剤専門の薬局を開設した。そのとき、患者ごとの薬品情報を集めてそれを調剤の際に利用することを試みた。しかし、患者の数が増加するのに伴なって人の手作業では限界があり断念せざる得なかった。ここ数年、コンピュ-タ技術の進歩はめざましいものがあり、利用の範囲が広がり、利用法が容易になり、コストも著しく下がった。つまり薬局でも利用できる道具になってきた。そこで我々は、コンピュ-タを利用して患者志向のシステムを開発する問題に取り組むことにした。
近年、サリドマイドに代表されるように薬禍が社会問題となり、薬の副作用に対する関心は高まってきている。医師が薬の投与に対し十分慎重に処方したとしても、薬剤師は処方せんどうりに忠実に調剤するだけでよいとはいえない。薬剤師は薬の専門家としての責任を自覚して、患者個人の情報を知ったうえで処方を調剤し、適宜医師とも連絡をとることが求められてきている。このような状況のもとで、地域薬局のコンピュ-タシステムのあり方について考察し、不可欠な要素として次のような点を把えた。
1) 個人記録の収集と保持:特異体質あるいは既往症などの、患者ごとの情報をファイルしておくこと。
2) 患者個人の薬歴の保持:過去の処方内容や現在投与中の処方についての記録を蓄積すること。
3) 薬品情報の整備:患者保護のために薬品に関する正しい情報を整備すること。
4) 医師との協力体制:処方や患者に問題が発生したとき、薬剤師が医師と相談できる体制をもったシステムであること。
1)および2)の患者個人の情報を使って、薬剤師は調剤時に何か不都合が生じてはいないかを知ることができるようになる。何かおかしいことを見つければ4)の機能を使って医師と相談し、3)の情報を参照して適切な提案を出すことも可能である。
なお、現在の日本では薬剤師は、薬の在庫量に気を使ったり、レセプトを作成したり、または料金を計算したり、本来の専門職とは直接関係のないことにかなりの労働時間をさかなくてはならない。コンピュ-タを導入すればこのような仕事に割いている時間を大巾に削減でき、その結果薬剤師本来の専門的な仕事に、より集中することが可能になる。
1978年4月に、APO-Sの設計を開始した。APO-Sという名前は、“Advanced Patient Oriented Pharmacy System"の略称であり、またAPOthecariesの意味もある。我々は薬剤師とコンピュ-タ関係者の協力体であるが、約1年間それぞれの立場から協力しあってこのシステムの立案、設計にあたった。そのあとプログラム作成をソフトウェア会社に依頼する一方で、薬剤師グル-プは実際のデ-タを集め、すべてのファイルを自分達で作製した。
(注)日本における調剤薬局の特殊事情
a)90%を越える患者がどこかの健康保険組織に加入していてこれを利用している。従って、薬剤師は毎月患者別にその費用の請求書を支払い団体に対して発行する業務を行なわなくてはならない。
b)処方せんの調剤量は14日分以内ときめられているので、医師は2週ごとに次の2週間分の処方せんを新たに書く必要がある。これは慢性病の場合のように、前の処方せんと今回の処方せんがまったく同じであるときも守らなくてはならない。
c)処方の中には、あるきまった薬の組み合せになっているとか、散剤をきまった約束でまぜたもの(約束処方)とかを含むものがかなりの割合存在する。これらの組み合せの成分が10以上の薬品成分を含むということも稀ではない。
d)医師は処方せんを書くとき、処方の全量ではなく一日量で書くのがふつうである。薬剤師は掛け算をして全量を計算しなくてはならない。
e)コンピュ-タを使ってラベルを印刷しようとすると、常用されている文字が少なくとも2,000字はあるのでまた大変な問題になる。少なくとも2,000の漢字とカタカナ、数字などを全部印字できるものでなくてはならない。
APO-Sは、1979年12月、文京区本郷の水野調剤薬局で、NCR I-8250/70ミニコンピュ-タを用いて稼動を開始した。すべてのファイルは合計で約15メガバイトの大きさである。
2. 調剤活動と処方せん処理システム
コンピュ-タは薬剤師の仕事を代行できるものではない。調剤本来の仕事はすべて薬剤師が行なうことはいうまでもなくコンピュ-タは薬剤師がその職務を正確に効率よく行えるよう補助する作業を行うに過ぎない。コンピュ-タの助けを得たときの薬剤師の調剤活動の流れをおうと、次の通りである。
1) 患者との応待:患者の個人情報を収集する。
2) 処方内容の編集:調剤時の便宜も考え、処方内容を検討し編集する(上記注参照)。不足している項目があれば、CRT端末上で補足する。コンピュ-タは処方内容を調べて、いろいろチェックした結果を表示する。薬剤師は表示された結果をもとにして判断し決定して完全な処方に仕上げる。コンピュ-タはラベルや調剤に必要なすべての情報(これを指示票と呼ぶ)を印刷する。
3) 医師との相談:処方になにか問題があるときは、その処方は一字保留して処方医と相談する。
4) 調剤:処方せんと指示票を照合チェックしながら調剤を行なう。
5) 監査:調剤された薬品が、正しく処方せんどうりに調剤されていることを確認する。
6) 患者への注意:患者に服用上の注意を与える。
上記の薬剤師の作業に必要な患者のプロファイル、薬歴、薬品の情報のような大量のデ-タをコンピュ-タに記憶させる。それを用いて薬剤師が見落としがちな単純で定形的なチェックをコンピュ-タですべて行なう。料金計算、在庫量の引き落し等の事務処理はもちろんコンピュ-タで行なう。
以上述べた仕事の流れを流れ図に示したのが図1である。APO-Sはこの流れ図を実現するように作られている。
患者の機密保護と入力デ-タの正確さを期待するために、システムの操作は薬剤師が自分で行なうべきである。したがって、薬剤師が容易に入力その他の操作ができるように設計しなければならない。次の事はこのために工夫したものである。
a)新患登録:新しい患者のプロファイル収集には時間がかかるので、最初は必要最小限の入力ですませ、くわしいデ-タは後で入れられるようにしておく。
b)再来患者の処方入力:慢性病の増加にともない、同じまたはほぼ同じ処方せんを繰り返し用いることが多くなっている。以前の処方せんを参照して、それをそのまま、あるいは若干変更して使用できるようにしておけば、毎回処方を入力する必要はなくなる。
c)薬品名の入力:薬品名を全部入力するのは、時間がかかるし、まちがいも起こしやすいので、簡単な方法で入れられるようにする。薬品名の入れ方を2通り工夫している。ひとつは頻繁に使う薬品名をコ-ドで入力するもので、他のひとつは、次の例のようにする。まず頭の2文字“フル"とタイプしてリタ-ンキ-を押すと、“フル"で始まる薬品名が次々と表示される。
フルイトラン
フルエ-ド C200
フルエ-ド P20
フルコ-ド O30
・ ・
・ ・
入力したい薬品名をそこから選ぶことにする。
3. 患者保護の実現
薬物治療は医療のなかで非常に重要なものである。数多くの薬品が開発され、医療に貢献してきたが、まちがって使用したり、使い過ぎたりして乱用すると、常に危険が伴なうことも事実である。薬物治療を効果的に進めるために患者に害をもたらさないことを確認することは医師と薬剤師の義務である。これを実現するために、コンピュ-タ技術を利用できる。
調剤薬局では、次の3項目について処方せんを検討することによって患者の保護を守る必要がある。まず薬品と患者の間の関係におけるチェック、患者対薬品(アレルギ-体質など)、第二に薬品の性質そのもの、薬品自体(適量など)、最後に相互作用など薬品間の関係のチェックである。患者は複数の医療機関にかかったりなどして、同時にいくつもの薬を用いることがあるので、新しい処方と現在服用中の古い処方との間でも“薬品間"チェックをする必要がある。
患者対薬品
1) 患者の体質:
患者は特異体質、既往症あるいは家庭歴といったそれぞれ固有の体質を持っている。(家族歴は患者の体質の潜在的な因子として考慮に入れなくてはならない。)これらの体質は薬品側にその薬品にとっての禁忌症として記録しておき、処方せんの中の薬品について、その薬品の禁忌症と患者の記録と対照して、用いてはまずいものがあればそれを表示する。APO-Sではこれらの禁忌症を約50種に分類している。
2) 年令:
老人や幼児は一般に薬品に対して敏感である。薬品ごとにこの薬品を用いてよい年令の範囲を記録しておき、患者の年令がこの範囲内でないときには、その服用を特別な注意をするように表示する。
3) 性別:
ある種の薬品は男性のみ、あるいは女性のみに用いる。このような薬品には“禁性別"の項を記録しておき、患者の性別とつき合わせて調べる。妊婦にある種の薬の服用については注意を要することがある。このような薬品には“禁妊婦"の項を記録しておき、この薬を使う患者が女性であるときは年令がある範囲(15才から45才)に入っているかを調べて注意を表示する。
4) 職業:
患者の職業の中には薬の使い方に注意を要するものがある。薬品の側に、この薬品を用いると差し支えがある職業をコ-ドにして、“禁職業"項目として記録しておく。この薬を用いる患者の職業コ-ドが禁職業項目に合致しているかどうかを調べる。患者の食物嗜好についても、同様の方法でチェックする。APO-Sでは、職業コ-ドと食物嗜好コ-ドはそれぞれ24種に分類して用いている。
薬品自体
5) 用法と用量:
薬は正しい用法・用量で用いなければならない。薬品ごとに不合理な用法(就寝前に利尿剤を用いるといったような)についての情報と常用量と極量を記録しておく。
6) 連用禁止薬:
ある種の薬品は続けて使用したり、長い期間用いたりすると害作用を現わす。このような薬を用いている患者については、特にそのための薬歴を記録し、この薬を投与するたびに薬歴を更新しておく。APO-Sではこの種の薬品を6つの型(蓄積型、耽溺型など)にわけ、その薬を使っている患者の場合には、薬品名、型、用量、処方年月日、などをくわしい薬歴を指示票の最後に印刷する。
7) 副作用
薬剤師は薬品がもつ副作用を知って、患者に適切な助言をする必要がある。APO-Sでは、薬品ごとに副作用を表現する短文を記録しておき、指示票に印刷する。
薬品間
8) 配合禁忌:
2種以上の薬品をまぜようとすると配合禁忌がおこることがある(たとえば酸性のものとアルカリ性のものとの間でおこる化学的反応など)。薬品をいくつかのグル-プにわけ、これとこれのグル-プは配合可、これとこれは配合不可という約束をきめておく。APO-Sでは20のグル-プに分けている。
9) 相互作用:
日本では薬品に分類番号が附けられている。この番号は商品分類番号の一部をなすものである。この分類番号は薬品をその作用部位あるいは用法によって階層的に分類するように附けられているが、場合によってはジェネリックな分類に必ずしも一致していない。APO-Sでは、この日本商品分類番号を少し修正して、特別なジェネリック各番号系を定義して使っている。この番号系によって、系統的に薬品を識別することができ、ある特定の薬品間、あるいは薬品グル-プ間で好ましくない相互作用が起こるかどうかの相互チェックが可能である。相互チェックには2方法がある。1つは薬理学的な特性によって分類した薬品グル-プによるものである(バルビタ-ル系、ピラゾロン系など)。8)と同様にチェックする。APO-Sでは30のグル-プに分けている。第2は、薬品をジェネリック名で識別して相互作用を生じるものを指定するものである。たとえば、抗生物質(テトラサイクリン)は615020で、アクロマイシン錠はさらに2桁をつけ加える(61502020)。
10)投与過多:
同じ効果の薬が複数個の薬品中に含まれていて合計するとオ-バ-ド-ズになることは避けなくてはならない。同一の患者に現在使用中の処方せんが他にもあって、複数の処方の中に同一あるいは同様の薬が重複する場合、APO-Sでは、これを直ちに検出して表示する。薬剤師は新しい処方の中に含まれる薬品が現在使用中の別の処方で、既に服用中であるかどうかを知ることができる。
なお、患者に関するコメント(たとえば睡眠薬常用者であるなど)は、患者プロファイルのメモ部に、いつでも、任意の長さで書き込むことができるし、薬剤師は必要に応じてこのメモを参照することができる。
4. APO-Sにおけるファイルの構造
ここまでに述べて来た概念に基いたシステムを作りあげるためには、関連する莫大なデ-タを操作し管理する必要がある。APO-Sでは約20種のファイルを持っている。これらのファイルは患者ファイルを中心にして、ポインタ-によって網状に結びついている。このデ-タベ-スの中核部はまず患者ファイル、および処方せんファイル(指示票ファイルと呼ぶ)、薬品ファイル(調剤ファイルと呼ぶ)であり、それらの構造は図2に示すとおりである。
患者ファイル
各患者について、事務処理に必要なデ-タは、たとえば名前、住所、電話番号など、及び個人薬品プロファイルを含むレコ-ドからなるプロファイルである。患者の体質(特異体質、既往症、家族歴など)、職業、食物嗜好などに関する情報はそれぞれビットパタ-ンで表現されており、対応する場所に“1"が立っている。この方法によれば各項目ごとに固定長の情報として記憶できるし、薬の側の禁忌症とか禁止項目との論理演算を行なうことによってチェック結果が得られる。その患者が、ある特定の薬品に対してアレルギ-があると、その薬品のジェネリックネ-ムコ-ドを患者の薬品プロファイルの禁忌薬を書き入れる欄に書き入れておく。前節で述べた特定の薬品(蓄積薬など)についての薬歴が書いてある別の場所へのポインタも保存されている。メモの文字列も別の場所に記憶してあって、可変長である。患者ファイルの中の記録はすべて永久保存である。アクセスキ-は患者名と患者IDナンバ-である。
指示票ファイル
処方せんは指示票ファイルの中に記録されていて、指示票レコ-ドは見出し部と主記部からなっている。見出し部には、処方年月日、調剤年月日、医療機関名、処方医名などに関する情報が書いてあって、後の事務処理のために用いる。医療機関については、それらの情報だけを別にまとめた医療機関ファイルがある。指示票レコ-ドの医療機関の欄には該当する医療機関を示すコ-ドが書いてある。医師名についても同様である。
指示票レコ-ドの主記部には、処方内容を詳細に記録する。剤ごとの番号と、剤の中の薬品ごとの番号を組み合わせて順序づけている。
指示票主記部の内容をCRTに表示したものは図3の例のようになっている。
指示票番号は、患者ID番号の後にその患者のための指示票につけた通し番号を合わせたものである。指示票レコ-ドは、この指示票番号をキ-にして参照できるようになっている。その患者の指示票番号をたどっていけば、その患者の薬歴を知ることは簡単である。その患者の薬歴をたどって、調剤日と調剤日数と今日の日附けとか現在服用中の処方せんを知ることができる。書きとめておく必要のあるコメント(医師と相談したことがらなど)があれば、それを書き込むことができる。
調剤ファイル
薬品レコ-ドには、その薬に関する情報、薬理学的性質、処方チェック上の必要項目、価格、在庫量などが書き入れてある。患者プロファイル関係の禁止項目と薬品間チェック関係のグル-プ指定とはともにビットパタ-ンで表現されている。配合禁忘チェックと相互作用チェックのビットパタ-ン表示“1"があるということはチェックの必要性を示しているものである。禁止のジェネリックネ-ムコ-ドは3.9で述べたように、必要な桁だけ(たとえば上位3桁だけ)書き入れておく。薬の主要成分が複数であるものについては、各成分ごとにジェネリックネ-ムコ-ドを与え、それぞれについて薬品間チェックを行なう。副作用を表わす文字列は別の場所に書いておき、薬品レコ-ドにはポインタが書いてある。薬品レコ-ドは在庫ファイルとポインタでつながっているので在庫量を知るのは簡単である。薬品レコ-ドは、商品名あるいは使用頻度の高い薬品につけた3桁のコ-ド番号をキ-にしてアクセスできる。
5. さいごに
患者保護を最も重要なことであるとする考え方を実現するために細心の注意を払って努力している。しかし、コスト面の制約から指示票デ-タを(コンピュ-タ内には)2年分までしか持てないこと、医師の協力に際し活用が期待されるDI機能が十分でないことなど満足できない点もある。これらについては、今後、実際の運用経験を取り入れて改良していかなくてはならない。
現在APO-Sは、1つの薬局で働いているだけである。しかし、近い将来、複数の薬局および医院で協同利用することによって、より低いコスト、患者安全の強化が期待できる。そのような協同利用システムの実現には、デ-タの機密保護や患者のプライバシ-尊重などの問題を考えていかなくてはならない。また、DI機能が充実すれば、よりよいシステムになるだろう。
APO-Sの基本とした考え方は、地域薬局システム、地域医療システムの設計を考える上で、根本的な考え方であると確信している。 |
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