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解説 世界一の開局薬剤師
「水野調剤薬局の設計に参加して」(1,1,3)
黒川雅之 1985年4月


1. はじめに
 調剤薬局なる概念に出会ったのは、これが初めてのことである。これまでの私にとっての薬局のイメ−ジと言えば、少年時代、母と訪れた街の薬を受け渡すための小さなカウンタ−の記憶が先ず浮かぶ、当時幼稚園児の私の頭はカウンタ−の下に入ってしまい、カウンタ−の裏の感触を頭で感じていた記憶がある。幼い時代の記憶をのぞけば、薬局と言えば、(病院での)あの長い時間待たされる待合室、そこで薬の出来るのを待つ間に病気が悪化してしまいそうなそんな時間を思い出す。
 街の薬屋さんの持つイメ−ジは、僕には薬局のイメ−ジではなく、むしろ医院とは縁のある、いわゆる売薬、バンソ−コ−などの家庭用医具屋と言うイメ−ジの方が強い。
 この水野調剤薬局の水野さんと出会って、ヨ−ロッパや日本での薬局の歩みを教わりながら、次第に調剤薬局的ものの概念が判りはじめ、それと同時に、今とりかかろうとしている事の重大さに気づかされたと言うべきであろう。

2. 調剤薬局のイメ−ジ
 建築家、或いはデザイナ−の仕事は、デザインをしようとするその対象が一体何なのか、その空間や機能を先ず充分理解することから初めなくてはならない。そこでの生活、客や働く人達の生活がどんなものであるか全くの当事者になりきらなくては空間を描くことが出来ないのであるし、又、それが人々にとって何を意味しているのかがその設計の基本的な指針となる。従って、調剤薬局のイメ−ジを、そこでの生活を掴むことから始めたのであるが、理解しようはとすれどもなかなか実感を持つところまで至らない。次第に判って来たことであるが、私が実感しようとしていたこの調剤薬局なるものの実像が実は未だ固まっておらず、未だ、誰の中にも確定したイメ−ジがなく、正に今、長い年月をかけて目の前の水野さんがそのイメ−ジを作りつつあるのだと言うことである。
 このことは、一建築家にとって大変嬉しいことでもある。未だないイメ−ジをその世界の日本に於ける先駆者と共に探し出す仕事なのだから、これほど楽しい仕事はないし、又、それだけ恐ろしい仕事でもある。

3.「・・らしさ」のこと
 Identityと言う英語がある。私のIdentityと言えば「私の私らしさ」となるし、日本の文化のIdentityと言えば、外の文化とは異なる、おかしがたい日本文化の独自性のことを言っている。ひところ、建築の世界でこのIdentityという概念が大切にされたことがある。激しい時代の流れの中で世界の文化が、その交流によって独自性をなくしつつあったし、近代主義的物の考え方が一般化すると社会の様々な場面で均一化現象が起り、建築の世界でも「その空間の固有性をとりもどそう」としていたのである。
 そんな時代から十数年すぎた今、唯、時代の流れの反抗としての「らしさの確保」、よりも、むしろ「すでに出来上がってしまった。人々の中の“らしさ”の感覚を壊すこと」の方に創造性を見い出そうとしているように思う。「私が私らしさのために」「或いは日本の文化がその独自性を持つため」と言う保守的な「独自性の保存」より「私らしさを越え」、「日本の文化の固有性にこだわらず」、概念やイメ−ジの創造的破壊を行うことによって、新たなるIdentityを創造することの方が大切であると気付いている時代だと私は思う。未だイメ−ジが確立していない「調剤薬局」のイメ−ジ、或いは独自な空間の質は、これまでの薬局や医院のイメ−ジを捨てさってそこにこだわらず、それが今後待たされている内容、そこでの生活などから新たに描かれ、創られるべきだと私は考えてきた。

4. 調剤薬局の役割
 調剤薬局は、そこを訪れる来客にとって何なのかはとりあえず明白に表現することが出来る。先ず第一には、「早く、正しく、処方せん通りの薬が手に入ること」である。このことは簡単なようで実は大変なことである。私は調剤室をアツセンブル工場だと呼んでいるが、膨大な種類の部品から正しい部品を選び出し、それを組合わせる作業、間違いのないよう何度にも及ぶチェックを行い「正しい製品」を組み立てるのである。これはあたかも工場のように、品質とスピ−ドを要求される仕事である。何時間も待たされたあのにがい苦しい経験から考えるとこれは調剤薬局の基本的な機能であると私は思う。しかも調剤の間違いは命にもかかわることであるから尚更である。しかし調剤薬局を訪れる客にとって、「正しい薬を早く受けとること」が出来れば満足かと言うとそうではない。これは調剤薬局の必要条件であっても十分条件ではない。英語のMedicine(薬)には魔術、まじないの意味がある。本当に薬がその効果を発揮するためには「それを服用すれば直る」と思い込むこともあると言われている。病気が気の病と書くように人の人間故の神秘はこの「気持ち」にある。薬を飲むことは一種の“まじない”でもあるのである。
 信ずる医師が確信に満ちた風情で直接手渡した薬はあたかも“まじない”のように患者に良くきく薬である。それと同じ意味を調剤薬局の空間が、或いはそこに働く人々が持っていなくては直る薬も人の病を直せない。従来の病院の薬局窓口のように病気が悪化するほどに待たされ、あげくのはてに事務的に突き出される薬では、どんな名薬でもききはしない。

5. 患者とのコミュニケ−ション
 調剤薬局の、このメンタルな部分が、実は今日の最大のテ−マであったと言ってもよい。「正しく、早く調剤するシステム」はもう何度も工夫がこらされ一歩一歩完成に近づきつつある。しかしこの必要条件に十分条件としてのメンタルなものが、即ち患者とのコミュニケ−ションの部分、受付、受け渡しのカウンタ−(これは来客が薬局と直接接触する唯一の部分である。)と待合室で薬と介しながらどのように「気持ち」を受け渡し、信頼し合うかである。そのため、待合室、カウンタ−あたり全般はソフトで落ちついた素材感と色調で仕上げている。患者が対面するカウンタ−の壁画やコンピュ−タ−ディスプレ−のカバ−はマットに仕上げた真ちゅう板が張られ現代的な感覚と真ちゅうの持つヨ−ロッパ的な歴史の深さを感じさせる感覚を合わせ持った雰囲気を作っている。床画はゴム製の柔らかい感覚のものを用い、照明を間接照明にして、壁画や天井面にソフトな光線が当たるように考慮している。
 全体の雰囲気が落ち着きすぎて気が沈みすぎないように、又、活気があって疲かれる空間でも弱者である患者のためには良い空間と言えない。適度な、さわやかな驚きと静かな落ち着きとのバランスが大切である。
 カウンタ−の高さや巾は、患者と薬剤師の最も好ましい距離が生まれるように決定してあるし、待合室から調剤室の一部及び、薬や処方せんを運ぶベルトコンベア−を見せて、清潔に、充分に配慮されて調剤されていることが患者に伝わるよう考慮されている。

6. おわりに
 これは新しい種類の空間である。未だ、誰の頭の中にもこの調剤薬局と言う空間は、決定づけられ記号化されてはいないものである。今回の作業は調剤薬局の原型を探す仕事であったと思う。この作業をくり返しながらこれらの「時間」が調剤薬局の空間を完成に導いてくれるものと思う。

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