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調剤薬局の構想(1,1,2)
薬局 Vol.16,No.4,1965
昨1964年の10月に、調剤薬局の申請が許可されて、業務を始めました。調剤だけの薬局というので、各方面から御問い合わせや御質問が多いので、開設までの動機、経路についてまとめてみました。
〔1〕 動機
欧州へ旅行し(1962年)、多くの国々で、薬剤師の働いているのを見学したことが、この計画を立てた第一の動機です。
ウィ−ンで開かれた国際薬剤師連合の総会に出席したときのことです。一日ドナウ河の船遊びを楽しむ機会に恵まれました。数百トンの遊覧船で、音楽を聞き、刻々と移り変わる両岸の景色を眺めながら、数人のデンマ−ク、ドイツ、フランスの薬剤師と食事をし、片言の話がはずみました。
「君は一体、日本で何をやっているのだ」ときかれて、「開局している」と答えたところ、びっくり仰天して、「若いのにどうして薬局が持てるのか、僕達は、この年令でもなかなか自分で薬局を持つなんてこと出来ないのに、非常にうらやましい!」といわれました。(注;当時32才)
この人達は、病院に勤務したり、薬局で調剤に従事している人達です。これらの薬剤師にとって、自分の薬局を開くということは、人生の最終の目標のように思われました。自分で調剤した薬を直接患者に渡すことのできる開局者が、薬剤師にとって一番良い仕事なのだと思っているようでした。
しかし、欧州は、やたらと薬局を持てるところではありません。なんらかの形で規制されている国もありますし、一般的にいって、薬局で調剤をするための設備と、非常に豊富な在庫とは、そう簡単に準備できるものではありません。さらに、医療の広告を許していませんから、コマ−シャルを新聞の折込みで華々しくやるわけにもいきません。ただ薬剤師の死亡するのを待って開局する以外、薬局の開けない国が随分とあります。極端な話、デンマ−クでは、これからは多分50才以上でなければ薬局が持てないといっていました。それまで、心ならずも病院や薬局勤めをしているわけなのです。
ところが、日本ではむしろ逆で、薬局なんていうのはあまり良い仕事ではないと思われています。調剤はほとんどないし、販売競争は激しいし、それよりも製薬会社に勤めたり、病院の薬局長さんの方が名誉もあり魅力があります。
地球の裏側では、太陽が西から昇るような、大変な違いがあるものだな――と秋の木曾川を思わす両岸の景色に見とれながら、彼らが仰天したと同じだけ、私も驚きました。
狭い日本の、既製の殻の中で考えてはいけない。広い世界には、自分の仕事である薬局を引き継いで、一生懸命自分に合うように改良し、調剤に励んでいる薬剤師が、たくさんいることを知りました。
ずっと昔から、水野薬局は調剤に恵まれていました。医師には、調剤を信用してもらえるし、患者さんも満足していてくれる――と思っていました。しかし、それは安易な気休めであったようです。格段に程度の高い設備を持つ欧州の薬局を見て、それまでの安易さを反省させられました。もっと調剤と真剣に取り組もう。信用してくれている医師と患者に、もっと良い調剤をしようと努力するのは、開局している薬剤師の当然の務めなのです。日本の医療にとって、やはり薬局は重要な一部分でなければなりません。その薬局を育てていくのは、やはり開局しているわれわれをおいて他にあるはずがありません。今までの既成概念にとらわれず、全く違った広い立場から、将来を考えねばならないし、それ相応も努力をする必要のあることを痛感したのです。
日本へ帰って、久し振りに調剤室で働いた時、それまではなんの不満も感じなかった調剤室が、なんとみすぼらしく、お粗末に感じられたことか。とても残念でした。例をあげれば、
I画家が良いアトリエを造りたがったり、文筆家が書斎に凝ったりするのと同じく、調剤室に愛着をもって、良い仕事をしようとする努力をどれだけしたことがあったでしょうか。調剤室と倉庫とがごっちゃになった雑然とした部屋が、調剤室だったのです。
IIさも忙しげに、きわめて勤勉そうに薬剤師が働いていますが、動きが激しい割に仕事の量が少ないのに気づきました。『人間が運搬具』として使われているのです。
田舎家の広い台所のように、食器戸棚はこちら、水汲み場はあちら、かまどは向こう側というのではなく、狭い場所でも機能的に設計された台所があるのです。調剤室も全くそのとおりで、これまでの水野薬局は、典型的な土間スタイルと感じたのです。
III薬剤の管理が隅々まで行き届いているのは薬局にとって最も重要なことです。薬品の保存、管理はこれまで悩みの種でした。ちょっと油断すると、期限切れの抗生物質が出たり、予製剤の試験をすると、ビタミン剤など全く恥しいほどの結果が出ることがあったのです。
この点も、欧州の薬剤師は伝票を工夫したり、倉庫を合理的に作ったりして、各々の薬局で細心の注意を払って管理をしていました。
こういったことから、調剤室の改造をしようと決心したのです。
ところが、戦後バラックのつぎはぎで作った薬局は、思い切った改築もできず、その上道路予定地なので各種の制限があります。とても意にかなう改造ができません。そこで150メ−トルばかり離れた竜岡町に持っていた地所に、薬局を新しく作り、移転することを考えたのです。
ここで一つの新しい考えが浮かびました。全部の薬局を移転するのではなく調剤部門だけを動かす、調剤と販売とを分離するという考え方です。もともと薬局には、『調剤する』という大切な仕事があります。しかしそれと同時に、患者を選別するという重要な仕事もあります。頭が痛い、胃の調子がおかしいといって、全部が全部医者にかかっているわけにはいきません。簡単な故障だったら売薬で済ませるのが普通ですし、どこの国でも、それだけ沢山の医師がいるわけではありません。有能な薬剤師が患者を選別して、売薬でよいか、医師の診断を必要とするかをきめなければなりません。
調剤に付随した仕事として、こういった販売の仕事があるわけですが、日本では、販売だけが薬局で行なわれているために、薬局の仕事は販売が主であると思われて来ました。そしてこの作られた概念のために、いろいろな面で調剤がやりにくくなっています。
(1) 調剤に関する信用
イ 患者に対して
『医者の門構え』という諺同様、薬局も、化粧品や雑貨の並んでいる所で、患者を待たせておくのは、調剤薬に対する信頼感を失わせていると思われます。「この薬の調剤できますか」といってくる患者さんが、かなりあって、いささか自尊心を傷つけられていましたが、調剤だけの薬局だったら、こういうことがなくなり、患者は、調剤への信頼度を増すのではないでしょうか。
ロ 医師への信頼感
多くの医師や歯科医師と話をしてみて、本当に正確に調剤されているかどうか疑問に思っている人の多いのには驚きます。つまり販売で食えるから調剤は副業のようなもの、重きを置いていないから、適当に調剤されているのではなかろうか、といった心配をしている医師があります。医師は、患者の健康、生死に責任をもっているので薬剤師の仕事がもの足りないと感じているのでしょう。
さらに、他の薬を勝手に患者に売りつけているのではないかといった心配をしている医師もあります。
調剤だけの薬局で、医師の信頼がなかったら成り立たないのだということになったら、医師の受け取り方も相当に変わるのではないでしょうか。
(2) 経済面から
イ 健保手数料
1日分9円50銭(現在は12円)、の健保の調剤手数料は安い、とてもこれでは食えないと、これまでいろいろといわれて来たし、自分でもどのくらいが適当であるか試算をしようと考えましたが、やはり問題になるのは販売との割りふりです。どれだけの設備を調剤にし、どの在庫を販売に区分し、光熱費を按分するかということは、とてもできません。調剤しかやらない薬局を作ってみたら、一つの形が出来上がるかも知れないとも考えました。
ロ 金融
仕事をするには資金が必要です。ことに医療では、ぼろ儲けするわけにはいかないので、利息の安いお金が要求されます。医療設備の配置と改善充実のために、医療金融公庫が作られて、平均年利7%の資金を広く貸し出しています。昭和39年は実に135億円もの予算が計上されて、病院、診療所に貸し出されています。ところが薬局には、
38年度までただの一件も貸し出しがないのです。
これは別表に示すように、薬局の基準が8坪という小さい面積に限られているからです。たとえば、坪当たり4万円を借りるにしても、8坪なら32万円です。30万のお金を借りるのに、手続きの面倒な医療金融公庫に依存するより、銀行が自分の所のお金を貸してくれるといったことになるのです。そして他の中小企業向けの利率の9%と医療公庫の7%の金利の差は、元金30万円として6千円にしかなりませんから、借入れする薬局のないのも無理ありません。一般の診療所では、住居部分までも宿直設備として融資しているのに、薬局では調剤室のみが医療設備として融資対象になっているにすぎません。これはなんとも可笑しな話で、薬局も元来は全部が医療設備であって、その一部で販売をしているのが本当の考え方なのですが、実際にはその逆で販売業の中に医療設備があるとされています。
これも、販売を切り離した薬局ができてくれば、本来の考え方に改まるかもしれません。
(3) 税務
これと同じことが税金にもかなりあります。
健保関係の医療行為に対して事業税が免除されています。しかし法人の薬局は事業税を払っています。さらに個人も、どれだけの収益が調剤から上がっているか、分配出来ないために免除されずにいるところが多いと思われます。
さらに医療に用いられる固定資産税の減免も、各都道府県で行なわれています(東京都は半額)。同じ医療の一部分を受け持つ薬局はその恩恵に浴せないのです。
医療報酬の源泉徴収(個人)も、医師のみ5%で、薬剤師は10%を払っておかねばなりませんから、1ヵ月4万円を超える健保調剤をやっている薬局は、相当に金繰りが悪くなります。
これらの諸点でもわかるとおり、薬局がすっかり医療の仲間入りをして、その上で、一部販売をやるなら話は別ですが、販売から医療の仲間入りをするとなると、相当なハンディギャップを背負わねばならないことがわかります。
この問題は将来、医療法人に対する『薬局法人』とでもいわれる法人を考えねばならないことになると思われますが、現在の段階で調剤だけの、医療行為のみの、販売業の無い薬局によって、新しい薬局に対する見方が、生れてくる可能性があると思います。
(4) 業務
イ 調剤と販売の違い
調剤と販売の違いは、われわれの薬局の経験からすると、一般に考えられているよりも、もっと大きいものです。普通には、調剤のお客さんがその他の薬品とか医療器具を買うから、かえって販売面にもプラスだろうと考えられています。ところがそうでもありません。前にも述べたとおり、調剤薬を買った人に、他の薬を下手に売るととんでもないことになります。調剤薬に鎮痛剤としてピラビタ−ルが入っており,風邪薬としてプラビタ−ルをのむ、といったことになりかねません。調剤薬を服用している間は、他の薬は一切やめる、というのが最も安全であり、誤診を防ぐことになると思われます。医師も、調剤した上に何か別の薬も売っていると知ったら、あまり良い気持ではないだろうと思います。
さらに、患者さんはとんでもない自己診断をしがちです。「俺は人の倍も服用しなければ効かない」と信じていたり,「強い薬だそうだから半分にしておこう」などと、探してみると相当の数の患者が、適当に薬をのんでいることがわかります。こういった人々に服用の指示を与える仕事は、少なくとも、『販売をする』接客ではありません。
反対に販売の方はどうでしょうか。ビタミン剤などの保健剤は、『明日の健康の夢』として買われていると思います。明日がより健康であるように、保健剤をのむわけです。楽しい雰囲気で、気持良く買物をしたいと思うでしょう。そこに、なりたくもない病人が、調剤を待っていたらどうなるでしょう。声をひそめて買物をしなければならないでしょう。
調剤を待っている患者さんの方では、その保健剤を買いに来た人のために、手をさかれて待時間が長くなったと思い、不満に感じることでしょう。
ロ 商品の相違
同じ医薬品でありながら、販売される薬と、調剤される薬の違いが、最近非常に大きくなったのに気がつきます。薬価基準による大包装への淘汰の結果、3千錠、5千錠、1万錠などという調剤用の大包装や、同一容量でも調剤用の包装と銘うったチュ−ブ入りの軟膏など、同一商品名の薬品であっても、商品の場合と調剤に用いる場合とでは包装が違っていることが少なくありません。繁用される錠剤はほとんどがヒ−トシ−ルされています。ソルベンを買って服用しなさいと医師に指示されて買いに行ったが、どこの薬局にもない。というのをよく聞いてみると、ヒ−トシ−ルされた錠剤をもっていて、「薬局には瓶入りしかない、それでは効かないようだ」といったことすらあります。調剤部門と販売部門の在庫は、販売は保健薬を中心に、調剤は治療薬に分かれ、さらに最近は、共用されるものであって、商品名が同一であっても相互に使えない独立したものになりつつあります。
ハ 流通経路の違い
卸屋さんが、医専、薬専店と色分けされて、同一製薬会社の薬でも二つの流れになってしまっています。A製薬会社の系列店ですという卸屋さんに、A製薬会社の薬が流れて来ないことが珍しくありません。これは宣伝員についても同様のことがいえます。その会社の発売している薬について質問すると、「そんな面倒な薬はよして、これはどうです。こちらの方が掛も良いです」という薬局向き宣伝員もあります。これでは調剤できません。『医薬品』という名は同じでも、販売用の医薬品と、調剤用の医薬品がこうも別々に取り扱われているのなら、一緒に考える方が可笑しいのではないでしょうか。作っている所で別々に考えているなら、使う所も別々の方が良いのではないでしょうか。
これらの各点から考えて、調剤所の独立はかなり面白いことのように思われました。その上最近、医師の間で処方せんの発行についての関心が高まってきています。医薬分業という制度に対して、なんらかの寄与ができるのではなかろうかとも考えました。
(5)医薬分業
昭和36年の緊急是正により、処方せん料が新設されてから、開業医の中に、いつまでも薬にしがみついているべきでないといった空気が出ているそうです。確かに現在の支払制度が診療料中心でないために、収入のバランスがとれないという経済的な面もあるのですが、それ以外に、70年も喧嘩した仲であるという感情的なちぐはぐの面もあるし、お互いの技術面での不信感もぬぐえないものが残っています。
その上、昭和31年までの法律闘争が終っても組織的な活動のできかねる状態にあるようです。そして、現在では、個人個人の薬剤師と医師とが、たがいに努力をし相当の処方発行をみています。
全国的に統一的スタ−トが切れないとしたら、どのようにしてこの制度を伸ばすべきなのでしょうか。
これまでも、随分遠方から処方せんを持って調剤を頼みに来る患者さんがあります。その人達によく尋ねてみると、「これで10軒目です」とか、「17軒目」という人もありました。これは全く残念なことです。しかし一体これだけ、患者の足を棒のように歩かせるのは、誰が悪いのでしょうか。
一概に薬局が悪いとはいい切れません。使うあてもない薬品を在庫しておくことは、薬剤師として管理の責任を果せるとは思えません。かえってごまかして調剤するより、断った方が良心的です。しかし、この処方せんも医師があてもなく発行したとは考えられないのです。いつもの薬局では調剤してくれるのでしょうが、患者がそこを探しそこねて別の薬局へ持って行ってしまうと、もうそこでは在庫がない、そこから何軒も巡礼が始まるといったことになりかねないのです。
こういったミスが続くと患者は、『処方せん』の制度は不便なものと思うでしょうし、医師もそれなら自分の所で作ろうかといったことになり、せっかくうまくいきかけた薬局対開業医の処方発行もオジャンになってしまうことになりかねません。
このようなことを防ぐ意味から、処方発行は、一つの地域社会というか、経済圏というか、小さくとも、患者の行動半径を越える範囲で薬局が互いに連繋を保って行動することが必要になってきます。
さて、この一地域を単位とした処方発行をリ−ドすべき方法として、調剤センタ−を考えることができます。
このセンタ−の活動として、
1) 医師に対して薬局に対する信頼感を
イ) どこの薬局でも処方せんの調剤を行なうことができること。つまりセンタ−がいつも周辺の薬局に薬品の供給ができること。
ロ) 薬に関するインフォ−メ−ションを医師に与えることができること。
ハ) その設備を医師に見てもらい調剤に対して安心感を与えること。
2) 同業薬剤師に対して
イ) 必要の場合、在庫のない薬品がセンタ−で手軽に間に合う安心感がある。
ロ) 調剤の機械などセンタ−へ行けば使用できる。
ハ) センタ−で医師との打ち合わせ、新発売薬品などに関する講習会をする。
ニ) 調剤報酬の請求事務のとりまとめなどをする。
これらのことが考えられます。この考え方は、1964年正月、日医会長である武見氏が、独自に調剤センタ−なる構想を、医薬分業の進め方として発表されているが、多分このような内容をもつものと推察しています。更に欧州で数百年も前から行なってきた分業を、そのまま日本の医療制度の中にあてはめて良いものであろうかという疑問もあります。なんの反省もなしに、ただ猿真似であって良いものでしょうか。ドイツでも、フランスでも、現在分業の制度を行なうとしたら、もっと進歩したことを考えたかも知れないのです。この意味で、都衛研の湯本部長の構想、つまり医療の中での薬剤師の担当する仕事は、調剤だけでなく、臨床検査なども引き受けるべきであり、開局でも同様といった考え方は、これからの行き方として研究されなければならないでしょう。
〔II〕調剤所新設の方針
調剤所を独立させることに対して、以上述べたように検討した結果、種々の点で新設することに意義があるように思えました。
そこで直ちに、勤務薬剤師諸君の知恵も借り、具体的な計画をたてはじめました。出来るかぎり理想的なものを作ろうと努力はしましたが、病院薬局を除いては、ほとんど類型が無いので、いざ仕事を始めてみると不満な点も数々ありましたが、設計に当っては、二、三の原則を立てて、その原則によって全ての考え方の基本とすることにしました。
原則(1) 経済的には安定を第一にする。
池田内閣の成長政策からか、大きい=優秀であるといった観念がいきわたり、成長しない会社は劣等であると考えられていました。確かに、良い品質の製品を作る会社は需要が多くなり、会社が成長するのは当然かも知れませんが、しかし敢えて膨張しないで、適正規模を守るのも一つの見識ある経営態度でありましょう。ことに医療の中では、その国の医療の規模と同一の速さで成長しなければならないのであって、それ以上に成長しようとしても無理があります。
欧州の薬局で、「倉庫を見せよう」と地下に案内してもらい、数多い製剤の在庫になんと膨大なものだろうと驚いていると、更にそのもう一階下の地下二階に、原料である酸、アルカリとか、瓶などの倉庫があって、またまた驚かされたことがしばしばありました。こんな在庫は、借入金の多い薬局では、もちこたえられないでしょう。借入金をへらすことは、在庫を整理することであるから、なるべく在庫を少なくすることに懸命になって、稀用薬品の品切れを起こしかねないと思われます。借入金がなくて成長するなら好ましいが、そうでなければなるべく、他人資本の比率を小さくして,安定した経営を心掛けなければならないと思われます。そうすると、『最小の資本で、最大の利潤』ということに何か抵抗を感じてきました。資本の効率などを考えては、とうてい調剤所の新設などできないのです。
利潤をあげる仕事はほかにかなりあるように思えます。他の商売と同じ資本を使って仕事をするのですが、医療の仕事での利潤とはどんな意味をもつものか、疑問になってきました。多くの国では、政府がコントロ−ルして、医療の仕事にはリスクを防いで安定を保ち、そのかわりに過大な利潤の発生を抑制しているように見受けられます。残念なことに日本では政府がそのように保護してくれないので、いつも相当のリスクを覚悟すると同時に、最大の利潤の追求を行なっているようです。こういった姿は、好ましくないので、安全な、安定した経営のできる薬局を第一の原則としました。
原則(2)規模の変更をしないこと。
調剤は宣伝して、遠くから患者を集めるということができないので、その規模も、自ら適正な範囲があります。さらに、安定した経営を望めば、無駄な設備に資本を投下するわけにはいきません。当時の調剤の需要に応じて規模を決めるべきだと考えました。そして患者の待時間などを調査した結果、30分以上待つのは、仕事が流れずどこかで滞っているためであり、その点を改善すれば、人員および調剤室、倉庫の面積にほとんど変化がなくとも、設計の方法如何によって、解決がつくとの結論を得ました。もちろん、新設するのですから、全体から考えれば調剤所が増設されたことになりますが、調剤部門として見れば、規模に変化がないわけです。
これは一見、きわめて奇妙に思えるらしいのです。銀行でこの計画の説明をした際に、「大きさが変わりなく、人員も変わらず、調剤能力もそれほど変化がないのに、なぜ相当な資本をかけて調剤所の独立をするのですか」という質問を受けました。「わざわざ新設しなくても、今までの店で充分やれるでしょう」ともいわれ、先に述べた事柄を、何度も説明して、やっと理解してもらうといったこともありました。
能力がふえ、成長する企業にのみ融資していた銀行としては、こんな計画に驚いたのかもしれません。現在だったら、成長の歪みより、安定と充実した仕事をといったら、まだ多少通りがよいでしょうが、2年前はまだとてつもなく奇妙な考え方だったようです。
原則(3)機能的であること。
これもデンマ−クでの話ですが、その前年に改装したという薬局を見学した時のことです。北欧の伝統からか、良いデザインの照明器具や、木工の家具をふんだんに使った大きい薬局でした。われわれが調剤室を設計するときは、調剤台の下のこの辺に引出しをつけて、あの辺に戸棚をつけてと、大体、何をどの辺に貯まうぐらいのことは予定して設計するでしょうが、この薬局は、引出し全部、戸棚全部が、その目的のために設計されているのです。包装紙、袋を入れる引出しはこれ、処方せんの保存はここ、製薬会社からのパンフレットはどこ等々と、一つ一つ刻明に説明してくれる引出しが、その目的に合った大きさで、そのように作られているのには驚きました。その上、その引出しの細工がきわめて良くできており、処方せんのいっぱい入った大きな引出しが、片手で軽く引き出せるには、またまた驚きました。欧州での100年、200年の調剤の伝統をまのあたりに見せつけられた思いでした。
われわれの調剤室も、こちらで薬袋を書き、あっちへ行って薬を秤量し、こっちで分包し、錠剤を探し、ということでは、あまりにも非能率的であります。無駄のない機能的な調剤室を是非作りたいと考えました。とても全部の引出しの用途を決めて設計するわけにはいきませんでしたが、それに近いように努力しました。また、田舎家の土間スタイルの最も大きい欠点は、人間を運搬具として使っていることです。物を運ぶといった仕事は、機械でもできることですから、なるべく機械にまかせ、さらに物を貯蔵する方法、場所を考えることによって、運搬する距離を短くすることができます。忙しそうに右往左往して働くことに満足していてはいけないと思います。その人に決められた位置を大きく動かずに、仕事ができることが望ましいわけです。また薬品の貯蔵庫は、ややもすると乱雑になり、せっかく貯蔵してあるのに、必要の際に探しそこねて、二重に注文するといったことがあるので、コンパクトに、かつ、整頓しやすい形をと、いろいろ考えました。
原則(4)危険を防ぐこと。
アルコ−ル、エ−テルなどの引火性の薬品を使い、ヒ−トシ−ルなどの熱源として電気を使い、さらに滅菌のために高圧釜を使うので、そこら一面に危険がころがっているわけです。火災に対する対策もなおざりにできません。建物のどの部位から出火しても、反対側に逃げ出せるように出入口は必ず二つ以上作ることにしたり、石油をたく機械室は建物の隅に位置させることにしたり、また要所には、消化器を配置することにしました。地下への昇降口に、出入口が二つできなかったので、地下室で常に働くことのないようにすることにしました。
一方、万一の伝染病の感染を考慮して、われわれの作業する場所と、患者さんの待合室とは、はっきり区別して、患者さんの行動範囲は、患者さん用の便所も含めて、清掃、消毒のしやすいように作ることにしました。
以上の原則を示して、建築家に設計を依頼し、何度か協議・検討した結果、まとまったのが現在の薬局です。
薬局の各部
薬局として必要と思われる種々の設備を全部一度に作ることは、ちょっと無理に思えたので、第一次の建設と、第二次の建築予定とに分けることにし、
第一次(建設) 調剤室、倉庫、事務室、待合室、(含化粧室)、予製室、空気調節室、宿直室、第二次(予定) 検査室、図書室、局員休息室のように分類しました。さらに、わが国では注射剤の処方がきわめて少ないのですが,将来注射薬の処方せんが考えられるとすると、当然注射薬関係の滅菌設備が必要になると思われます。
以下各部の簡単な紹介をしてみましょう。
調剤室:
南半分を秤量、分包などの、いわゆる調剤にあて、調剤台、水薬、軟膏調剤台、分包機などが配置されています。北半分に既製剤を収納してあり、調剤、軟膏などが置いてあります。部屋の中央東西に、西側の受付からベルトコンベア−があり、処方せんが運ばれてきて、調剤薬が運び出されます。コンベア−は初めてのことで、発注を誤りごつい感じのものになってしまい、音も相当大きく、周囲と調和しませんが、仕事のピ−ク時には、相当の効果を発揮します。タイムディレイリレ−によって、スイッチを入れて30〜60秒後に自動的に止まるようになっていますし、また連続運転もできます。
棚は収納する物によって、それぞれ異なった構造とし、無駄のないよう工夫したつもりです。
倉庫:
薬品の流れを一定の方向にするために、南側の事務室で配達された薬品を受け取り、伝票を附して入庫し、北側の調剤室へ出庫するという一方通行になっています。棚は引出し式になっており、普通の棚に比べて単位体積当たりの貯蔵量は、数倍に上るはずです。相当な重量の引き出しですから、品物の出し入れが、力仕事になるのではないかと心配しましたが、吊金具が案外良く動いて、ほとんど力は要りません。貯蔵される薬品には、一品ごとに伝票が貼布されており、出庫して使用されるまで薬品とともに動きます。この伝票によって、不注意の欠品を予防しますし、入庫年月日が記入されているので、古い薬品の発見に利用でき、在庫の管理が容易になりました。
事務室:
ここでは、薬品の受領、検収と処方せんの整理、健保関係の請求事務の、二つの仕事を行なっています。調剤薬を現金でなく、掛売りをしていることですから、その整理事務が案外面倒です。相当の誤差があったので、レジスタ−を調剤薬専用に改造して、直接処方せんに打ち込むか、または、一部負担金のレシ−トの控えを、ホッチキスで処方せんに止めて、間違いを防ぐことにしています。
待合室:
健康人と違って、身体の変調している患者さんを、20〜30分も待たせるのですから、ホテルのロビ−ほどの豪華さはなくても、色調、騒音とかに注意して、座り心地の良い雰囲気に作りました。植木を置いた中庭を眺められるようにしました。生花によって、緑の多い、和やかな雰囲気を作り出すことにも心掛けました。音楽を流し、テレビを見ながら、調剤を待つことができます。体重についての質問がかなりありますので、体重計が置いてあります。また薬をのむ人のため冷温水の水呑機も装置してあります。
地下室:
予製室兼書庫になっています。打錠機その他の製剤機械を置いてあります。図書室をまだ作っていないので、書籍、雑誌のバックナンバ−などが置いてあります。分包機など、機械を使っての作業が多く故障も考えられますので、小さな工作台を作ってあります。
〔III〕調剤室を分離した結果
昨年10月から業務を始めたばかりで、その結果を云々するのは、まだ早いと思われますが、二、三良くなった点、困った点を挙げてみましょう。
1 患者に対して
古くからの患者さんは、始め1ヵ月ほどは面喰らったようでした。どうしてもなじみがなく、旧薬局へ間違えて来られる人が相当にあり、混乱しました。今でも古い方へ来られる患者さんがあります。しかし新しい待合室は「静かである」「良い雰囲気である」など、好評でした。反対に欠点として、何か調剤薬が高価なのではなかろうかという心配があるらしく、「保険もやってくれますか」と質問されたこともあります。親近感が少ないかも知れません。以前あった、「この処方せんの調剤はできますか」というのは全くなくなりました。また、待時間が平均したことも喜ばれました。特に待時間が短くなったとは考えられませんが、ちょっと変わった処方せんだと、今まで、40〜50分も待たせていたのが、ほとんど、他の処方と変わらなくなったためです。
2 従業員は
古い薬局で仕事に馴れていたために、始めの数週間はウロウロと新しい所蔵場所を探して、能率は上がりませんでしたが、馴れるにしたがって、手際良く仕事ができるようになりました。『人間が運搬具ではない』というわれわれの原則は、相当に満足する成果をあげたようです。「仕事の割には身体が楽である」という批評がありました。
3 調剤について
仕事の流れがうまくいくために、検査もれで錠剤の入れ忘れなどがほとんどなくなったと思います。さらに、貯蔵されている薬品が整理されたために、欠品が原因の調剤不能もほとんどなくなりました。在庫量以上に一日の使用量が多いための調剤不能はありますが、これも在庫の調整により、次第に少なくなってきています。
困ったことは、調剤と販売とを分離したために、薬局製剤が作れなくなったことです。水野薬局の風邪薬等々、かなりのファンもあり、売れていたものが、別々になったために製剤できないことになりました。これは残念なことで、将来、製薬の許可をとって、もう一度作ろうと考えています。
4 経営
調剤の場所が移ったので、調剤量に変化があるかどうか心配でしたが、現在までは変化がないように思われます。一年間の平均をみないと、正確なことはわかりませんが、差があっても、10%ぐらいだと思います。仕事の量が変わらなければ、当初予定した、安定した経営が望めるわけです。
一方光熱費などの経費は、店が増えたわけですから当然多くなります。この増大した経費は、旧薬局の販売が、これまで調剤で妨害されていたのが、回復することによってまかなわれるだろうと予想しています。
「IV」むすび
1962年の冬からとりかかった調剤所の新設は、種々の波乱の末に、多くの先輩の御援助で、10月からやっと軌道にのることになりました。そして今までのところ、意図したようには動いています。
しかし日本の医療の中で、開局薬剤師の仕事である処方せんの調剤は、未だにきわめて小範囲であり、限られた数でしかありません。第2図に示すとおり、昭和31年より、急カ−ブでふえてはいますが、完全分業の際の処方せん発行高を、その住民が、年に一枚の処方せんを使うとすれば、東京都は年に1千万枚にもなるはずです。現在はやっとその20分の1に過ぎません。
この処方せんの制度を一層広く普及させるために、この調剤所を有効に使うのが、今後の課題だと考えています。調剤センタ−とまではいかなくても、それへの足がかりとして、今動き出した、われわれのこの薬局が、なんらかの貢献ができるとすれば幸いです。 |
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