株式会社 薬事時報社
調剤と情報
別刷
平成11年11月臨時増刊号
Vol.5 No.12
P37〜P42
医薬品情報との付き合い方
●安部 好弘
水野薬局
医薬品を扱う薬剤師のスタンス
薬は社会的な財産である。必要とする時に、誰でも自由に薬を利用できることが理想であろう。しかし、毒性や営利性といった気難しい性格を持った薬の取り扱いは一筋縄ではいかない。そこで、消費者に成り代わり、薬を管理するプロフェッションとして選ばれたのが薬剤師である。
近年、ファーマシューティカル・ケアの提言、薬剤師法改正、医薬品販売の規制緩和、医薬品適正使用の推進など、薬剤師職業のビックバンともいえる変化が起きている。これらは、薬剤師の情報サービスに対する社会的要求である。この期待に応えるには、われわれ薬剤師が消費者の代理人であるというスタンスを明確に自覚して、情報活動に取り組む必要があるだろう。
医薬品情報を評価する
Garbage in, garbage out(ゴミからはゴミしか得られない)という言葉がある。
一口に医薬品情報と言っても、宣伝から厳格な審査をされた学術情報まで、その成り立ちや信頼度はさまざまである。薬剤師が、信頼性の低い情報を利用すれば、それによって得られる結果も同様なものになる。誤った情報を利用すれば、薬物治療は失敗してしまう。まさにGarbage in, garbage outである。
医薬品情報の選択は、調剤、薬物治療の評価、患者や医師への情報提供の質に直接関係する重要な業務である。玉石混淆の情報から、適切な情報を選び出すことができるからこそ、薬剤師が消費者の代理人として認められるのであろう。
1. 評価の視点
薬局には、医薬品に関連するさまざまな情報が舞い込んでくる。知らぬ間にポストに投げ込んであるものから、高額の投資をして手に入れる書籍まで千差万別である。新入局員などを観ていると、文書化されたものを闇雲に信じてしまう傾向がある。誤った情報をつかんでしまい、失敗をするのは時間の問題である。これでは書籍、テレビ、インターネットなどから多くの情報を得ている一般人と同じレベルである。
薬剤師は、消費者に成り代わって医薬品情報を疑うという視点を持つことが必要である。薬剤師が情報のフィルターとなり、そこに含まれるウソを見破ることが消費者に対する責任であり、代理人としての務めである。
犯罪捜査では「人をみたら泥棒と思え」ということわざがある。もちろん人がすべて泥棒であるわけではない。これは、先入観をなくして真犯人を捕まえるための原則である。薬剤師の場合は、「医薬品情報をみたらウソと思え」が適切な情報を手に入れるための原則といえよう。
2. 評価の土台
薬剤師職能の土台には、科学性、中立性、客観性、職業倫理、調剤や臨床の経験などがある。この基礎があるからこそ、薬剤師が信頼されるプロフェッションとして調剤権の独占が許されたのであろう。医薬品情報の評価に関しても、その土台が変わることはない。いささか古い資料ではあるが、アメリカにおける情報の利用についての原則を法律として反映した事例があるので一部抜粋を紹介してみよう。
アメリカ合衆国法、OBRA90(Omnibus Budget Reconciliation Act of 1990)は、メディケイド(保護をうけている人を対象にした政府の医療保険制度)の薬物治療についてDUR(Drug Utilization Review)を義務づけている。その法律および政令(Health Care Financing Administration 42 CFR Part 456)には表1のような条文がある。
3. 評価のポイント
医薬品情報の多様性から考えると、その評価に絶対的な方法は存在しない。前述したHealth Care Financing Administration 42 CFR Part 456における情報の基準、薬剤師職業の土台となる特性などを踏まえ、個々の薬剤師が持っている能力や考え方によって評価をすれば良いだろう。たとえば、表2のような整理の仕方もあるだろう。
医薬品情報、薬物治療情報の収集
情報の収集は、薬剤師業務を支える一つの柱である。情報収集で最も大切なポイントは、個々の薬剤師が自分で能動的に情報を探し出し、評価する姿勢を持つことである。情報収集のテクニックは二の次である。図書館や本屋に出向いて資料を探したり、インターネットで情報検索する、定期的にジャーナルを読んでおく、などの日常的な行為が情報収集の本質である。自分の手で探し出した情報、その過程で得られる知識や経験は、薬剤師の能力を支える土台となる。情報収集にかかる料力、時間、資金は、薬剤師がプロフェッションとして存在するための投資なのである。
一方、情報収集をDI室、製薬メーカー、医薬品卸に依存するという手もある。また、添付文書で済ませてしまうという選択肢もあるだろう。黙っていてもある程度の情報は手に入るものである。ただし、何の投資もしない薬剤師がプロフェッションとして存在できるかは疑問である。「タダより高い物はない」と考えたほうがよさそうである。
添付文書について
添付文書は、医薬品の製造業者や輸入販売業者が作成し、国が公的に承認をした医薬品情報である。薬事法で定められた情報として、医療裁判などで過失の有無を争う証拠材料としても扱われることもある。一方、その実用性や信頼性を疑問視する声も聞かれる。地域薬局でも、添付文書を公文書として金科玉条と考える人もいれば、製薬企業の都合や宣伝を含んだ情報として、できるかぎり利用しない人もいる。もっとも身近にある医薬品情報でありながら、その捉え方はまちまちなようである。添付文書を利用するにあたり、薬剤師の社会的な役割や法的な責任を踏まえながら、その取り扱い方を考える必要があるだろう。
添付文書の抜本改革
平成9年の「医療用医薬品添付文書の見直し等に関する研究班」報告を基にした新ガイドラインにより、添付文書の様式は大きく変わってきている。平成12年には、すべての添付文書が新様式に統一される。従来の添付文書と比較すると、表3に示すような点で実用性が格段に向上している。
添付文書の限界
添付文書は、その薬物が社会に薬として存在し、不特定多数の人に使用される目的で作成された医薬品情報である。様式が改善され使いやすくなったとはいえ「薬物」に主眼をおいた情報であるという性質が変わるわけではない。人(QOL、疾病、治療)に主眼をおいた薬物治療情報とは根本的に役割が違うはずである。添付文書についてAMAはDrug Evaluation序文で表4のように述べている。
もし、薬剤師が添付文書を中心に薬物治療の評価や判断をしたらどうなるだろう。薬剤師の関心事が、特定の患者に有効で安全な薬物治療を行なうことではなく、薬を添付文書どおり投与することになってしまわないだろうか?
たとえば、腎機能障害をもつ患者に、NSAIDsを選択する必要性が生じた場合、添付文書はどのような役割を果たせるのだろう。主要なNSAIDsの添付文書を調べると、判で押したように「重篤な腎障害には禁忌」、「腎障害には慎重投与」の記載がある。添付文書だけを利用した場合、薬剤によって、半減期、作用機序、代謝、排泄経路、腎でのPG合成抑制など、そのリスクに大きな差があるにも関わらず、腎障害患者に選択すべき薬剤はない、あるいは医師、薬剤師の責任において慎重に投与するという結果しか得られないのである。
一方、薬剤師が、腎疾患とNSAIDsに焦点を絞った薬物治療情報を利用すればどうなるだろう。腎に対する負担が少ない特性を持つ薬剤の候補を見つけだし、医師や患者に対して表5のようなアプローチも可能であろう。
この事例をもとに、添付文書を作成した製薬企業の怠慢と批判するつもりはない。薬事法、PL法や医療裁判の判例などから、添付文書に「腎障害患者に比較的安全に」と書けない、書きたくないことは当然のことである。製薬企業の思惑や法的免責の役割を併せ持っているのが添付文書なのである。薬剤師が、添付文書を利用する際には、その性質や限界を十分理解することが必要であろう。
判例と添付文書の利用法
平成8年1月、ペルカミンエス事故の最高裁差し戻し判決において「添付文書に記載されている使用上の注意に従わず事故が発生した場合、従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り過失が推定される」という判断が下された。また、同年2月、アレビアチン、フェノバール、ラキサトール併用による中毒性表皮融解壊死症事故の高松高裁判決では、「添付文書に記載してある中毒性表皮融解壊死症の前駆症状を具体的に説明しなかった」ことが説明義務違反であるという判断が下されている。この判例は医師に対するものであるが、薬剤師法25条の2をふまえれば、薬剤師にも同様に適用されるであろう。
筆者は、薬剤師が営利性のある添付文書を無批判に利用することに関しては慎重論者である。しかしながら、重篤なアドバースリアクション(ADRS)の前駆症状を伝える業務に限っていえば、情報量が多く(仮に製薬企業の免責目的であっても)、早期に配信される添付文書の「副作用情報」を情報源として利用してよいと判断している。
もちろん、添付文書の内容や表現をそのまま利用するわけではない。他の情報集との比較、情報の評価、副作用から前駆症状への翻訳、優先順位による取り捨てなどの過程を経て、はじめて患者に情報を提供することができるわけである。これらの情報量は、薬剤師が記憶したり、口頭で伝達できる範囲をはるかに超えている。あらかじめ情報を編集し、文書化しなければコンスタントに情報提供することは不可能である。
図は、水野薬局で作成している患者向け情報提供用紙の事例である。表6の基準で作成したADRS情報を調剤支援システムに登録し「あなたが注意すべき症状」として情報提供をしている。
今後の課題
添付文書は良い医療のスタンダードを定めるために作成されたものではない。米国のFDAがこのように明言できるのは、薬物治療のスタンダードとなるうような情報が存在すればこそである。実際の医療現場でも、DEやUSP−DIなどの非営利で中立な評価情報集があるからこそ、添付文書(PDR)が見向きもされなくなっているのだろう。これは、自分達が必要とする情報を自らの手で作り上げた成果である。
わが国では、医薬品の使用基準である添付文書に、本来の役割を超えた期待をしているように思える。薬物治療の公的なスタンダードとなり得る薬物治療情報(集)が不足している現状を考えると仕方のない事かもしれない。
現在、PEMや医薬品等安全報告制度など、薬物治療情報を自分達の手で作り上げる活動が始まっている。また、添付文書を基礎にしてはいるが、質の高い薬物治療情報を情報源として編集を加えた「医師・歯科医師・薬剤師のための医薬品服薬指導情報集」(日本薬剤師研修センター)が作成されている。薬物治療のスタンダードとなるような情報集をつくりあげる意識を確立する上で大きな前進である。自分達が必要とする情報を自ら作るという意識があれば、日本でもDEやUSP−DIに肩を並べるような情報集ができないわけはない。
【参考文献】
- 伊賀立二(編):医療用医薬品添付文書はどうあるべきか、薬局、Vol.47,1996
- 水野善郎:薬局における患者、薬物治療情報の活用、月刊薬事、Vol.35,1993
- 加野弘道:新しい添付文書を使いこなそう、調剤と情報、Vol.3,1997