株式会社 薬業時報社
調剤と情報
1998年9月臨時増刊号
別刷
Vol.4 No.11
P41〜P50
プロ仕様の薬歴にしなくちゃ
●水野薬局 安部好弘
はじめに
ファーマシューティカルケアは、QOLの向上という「結果」を提供することを明確な目標にしています。薬歴は、薬剤師がプロフェッションとしてその目標を達成するために利用する道具です。その良し悪しは、薬剤師サービスの結果を左右します。本稿では、まずプロフェッション仕様の薬歴に求められる基本的条件について整理します。また、薬剤師が薬歴を役立つ道具に仕立てていく方法について考察します。
I.薬歴に求められる要素
薬歴は、患者の薬物治療に関わるさまざまな要素(=道具の品揃え)を集合させたものです。薬歴管理の媒体には、さまざまな様式の薬歴簿やコンピュータシステムなどがあります。しかし、どの媒体を用いても、基本的な要素は共通します。ここでは、薬歴を構成する要素を下記の1〜4に分類し、その特徴をふまえて運用上のポイントを考えてみましょう。
1. 患者プロファイル
患者プロファイルは、患者を知るために必要な最も基本的な情報です。処方せんから知り得る情報は、ほとんどの場合一定しています。患者の状況をより把握するには、患者インタビューが欠かせません。多くの地域薬局では、積極的な患者インタビューが常識となっており、患者プロファイル(例:既往症、アレルギー歴、副作用歴、併用薬、患者の悩み、嗜好、生活環境、家族構成など)はすでに充実したものになっているようです。しかし運用には注意が必要です。薬歴簿に残ったプロファイルはすでに“過去の情報”です。患者の状況は、常に変わる可能性があります。新患時のインタビューを記録しただけでは、役立つプロファイルにはなりません。来局ごとに行われる患者とのコミュニケーションの中で、効果的に質問を織り交ぜ、プロファイルを更新することが大切です。
2. 薬剤交付の記録
薬剤の交付記録は、薬物治療の経過を把握するために重要な役割を果たします。処方せんをみる限りまったく問題がない場合でも、薬物治療の経過から不合理な点が見出されることは、ほとんどの薬剤師が経験しているでしょう。薬物治療の安全性の確保には、薬剤投与歴をもとにした処方鑑査が欠かせません。また、投与歴の経過をもとにして、患者と処方の変更点などを話し合うことは、薬物治療のインフォームドコンセントにもつながります。
薬剤の交付記録は、継続的な薬物治療の経緯がすみやかに読み取れるように整理することが運用上のコツです。もちろん、処方鑑査や患者とのコミュニケーションの際に、リアルタイムに情報が薬剤師の手元にあることが最低限の条件となります。患者に薬を渡し終えてから、大裁を整えるために薬歴簿を書き込むようでは、薬歴の意味がなくなってしまいます。
3. 患者とのコミュニケーション記録
薬剤師は、薬物治療を通じて患者とさまざまな情報交換をします。コミュニケーションの経緯は、継続的な薬物治療の管理や、患者との信頼関係を築くうえで欠かせない情報となります。特に複数の薬剤師が勤務している場合、コミュニケーション記録を充実させることは、薬局全体のサービス向上につながります。
これらの記録は、来局ごとに増え続けます。記録は次回の調剤からリアルタイムに利用しますので、作文のように長々と書くことは適当でありません。要点を的確にまとめて記載することが大切です。また、情報の量が多くなってくると、重要な内容が埋もれてしまいがちです。重要度や分類に応じて整理したり、表示方法を工夫するなどの管理を行うことで利用効率が向上します。
4. 薬物治療上の問題点
薬剤師は、薬物治療を通じて“患者のQOL向上”に関連するさまざまな問題に直面します。ファーマシューティカルケアの概念では、薬剤師の切り口でより能動的に患者のQOLに関連する問題を抽出し、解決することが求められています。この取り組みに関する記録は、“問題志向の医療記録(POMR=Problem Oriented Medical Record)”として、薬歴の質を左右する重要な構成要素になるでしょう。
POMRの作成管理には、“問題をタイトルにする”以外に、これといった決まりごとはありません。白紙にタイトルをつけて、関連する事項を思いつくまま書き込んでも良いのです。ただし、膨大な量の情報を管理することが求められますので、よほど効率的な管理手法を用いないと“患者のQOL向上”は、かけ声倒れになってしまいます。残念ながら、従来の一般的な薬歴簿は、POMRを効率的に管理する前提で設計されていません。薬歴に何らかの管理手法を取り入れる必要がありそうです。私どもでは、POMRの管理の手法としてコンピュータシステムにSOAPを取り込んで利用しています。この点についてはIII.IVでふれてみたいと思います。
II.薬歴に求められる機能
前項で示した要素がそろえば、とりあえず薬歴としての体裁は整います。しかし、どんなに整った薬歴でも、うまく利用できなければ宝の持ちぐされです。薬剤師が薬歴を道具として使いこなすには、その機能(=道具の性能)が決め手になります。
薬歴の作成・管理・有効利用には、下記の1〜6の機能を備えていることが必要です。これは、薬歴の媒体の別を問いません。逆にいえば、これらの機能の優劣が、薬歴簿やコンピュータを導入する際の選択の目安になります。
1. 検索性
薬歴は、処方せんを受け付けた時点で検索され、調剤のすべての過程で必要な情報が利用できることが最低条件になります。検索性が悪いことは、重要な情報を見落すだけでなく、最終的に薬歴を利用しないことにもつながります。これでは、せっかくの薬歴が何の役にも立ちません。具体的には、薬を渡した後で記録のために薬歴を検索するようであれば、著しく検索性に問題があると考えるべきでしょう。
検索性は、薬歴の量(患者数、処方せん枚数、記録内容)が増えると確実に悪化します。薬歴簿を設計(既製品の選択)したり、コンピュータを導入する場合には、あらかじめ情報量が増えたときのことを考慮しておかないと、すぐに使い物にならなくなってしまいます。
2. 普遍性
薬歴の内容がいかに充実していても、見にくく利用効率が悪くては使いものになりません。必要な情報がどこにどう書いてあるか、明確になっていなければなりません。
また、文字の読みやすさなども考慮の対象となります。特に、複数の薬剤師が勤務している薬局では、記載した人しかわからないような記録では、薬歴としての機能をまったく果たさなくなります。また、一人薬剤師の場合でも、患者に対する薬歴の開示を考慮して、普遍性のある記録にすることが重要です。
3. 信頼性
薬歴には、医療記録としての信頼性が求められます。管理上の最低限のルールとして、薬物治療に関わる記録(薬剤交付歴や情報提供の記録など)は、その内容を変更しないことが原則です。薬剤師の都合で内容を変更すると、医療記録としての信頼性がなくなると同時に、改ざんととられる危険性があります。合理的な修正理由がある場合、修正前の記載内容が見えるように二本線で抹消した後に加筆し、その理由、日付、薬剤師名を明記することが必要です。
当然、鉛筆など容易に修正できるものの使用は避けなければなりません。薬歴管理にコンピュータを利用する場合、修正前と修正後のデータが並立して保存されるようなシステムを選択しないと、データの信頼性が確保できなくなります。
4. 一覧性
限られた時間に質の高い業務を行うには、重要性が高い情報の一覧性が求められます。ここでの一覧とは、単に一枚の紙にまとめるということではありません。その情報の性質によって、さまざまな管理方法が考えられます。たとえば、下記のようなちょっとした工夫でも薬歴の一覧性が向上します。
■ 患者のプロファイルで重要なもの(例えばアレルギー歴など)は、常に最新のページに表示する
■ 薬物治療の経緯や経時変化を把握するために、薬剤交付の記録を表形式にまとめておく
■ POMRをSOAP形式などに編集する
5. 保存性
薬歴の量は、薬物治療の継続とともに増え続けます。情報の散逸や破損を防ぎ、かつ即座に薬歴を抽出できることが保存の条件になります。
紙面上の薬歴では、その嵩(重量)や抽出効率が問題となります。膨大な薬歴を保管するために、大がかりなの書庫や設備、専任の事務員が必要になることも考えられます。抽出効率も薬歴の増加に伴い確実に悪化します。
コンピュータを利用する場合の保存性の良し悪しは、ハードウェアの性能とソフトウェアの設計に依存します。薬歴の重要性を考えると、確実なバックアップ機能を確立したシステムを選択することが絶対的な条件になります。適切なシステム管理を実施すれば、コンピュータによる保存管理は、安全性と効率の観点で合理的な方法だといえます。
6. 記録の効率性
薬歴への記入は、すべての患者が対象となりますので、かなりの作業量を伴います。薬歴を充実させるには、記入時の効率が大きなカギとなります。効率化のポイントとして、記入の速度を上げることや、薬歴簿の構成と書き方を工夫することが考えられます。
薬歴の記入方法には、タイピング(コンピュータ入力)と手書きに分けられます。タイピングの大きな利点は、熟練にしたがって記入効率が飛躍的に上がることです。例えば、180ストローク/分程度の熟練でも、手書きに比べてかなり効率が上がり、リアルタイムに情報を記録できるようになります。もちろん、手書きが悪いということではありません。手があいた時間帯に、メモなどを整理しながら情報を記入すれば質、量ともに充実した薬歴になります。ただし、下記のような状況であればコンピュータ利用を検討する価値があります。
■ 限られた時間内に情報を記入しきれない
■ リアルタイムの情報処理を必要としている
■ 薬歴(文字)が読みにくい
薬歴の構成や書き方の工夫については、?Wの事例を参照してください。
III.薬歴を活用するための工夫
薬歴の要素の中で、POMRや患者とのコミュニケーション記録などは重要性を増しています。私どもでは、POMRの効率的な活用方法としてSOAP*を採用しています。SOAPについては、すでに参考書がたくさん発行されていますので詳しい説明は省略します。この章では、SOAPが開局薬剤師にとって取り入れやすい「道具」であることにふれたいと思います。
*ある問題についての情報を、Subjective(主観的)、Objective(客観的)、Assessment(評価)、Plan(計画)に分類する記録方法。また、薬剤師が問題を解決する一連のプロセスでもある。
1. 薬剤師になじみやすい方法論
SOAPは薬剤師にとって未知の考え方ではありません。開局では、ごく一般的に利用されている考え方なのです。たとえば、相談形式のOTC販売などは、まさにSOAPが利用されているわけです(表1)。また、患者の質問に答えるときなど、経験のある薬剤師の頭の中はすでに情報が合理的に整理されているはずです。SOAPを特別な記録方法と捉えてしまうと、必要以上に難しく考えてしまいそうです。今まで当たり前にやってきた薬剤師の仕事(合理的思考)を、整理して記録する方法がSOAPと考えれば気軽に付き合えそうです。
2. プロフェッションの道具としての評価
SOAPは、薬剤師のためにつくられた方法論ではありません。もともと医師のカルテを合理的で効率的なものにする方法論です。現在では、カルテ、看護記録、クリニカルファーマシストの記録方法として、医療現場で利用され高い評価を受けています。多くの薬剤師にとって、POMRを薬歴に取り入れるのは新しい取り組みです。経験不足の薬剤師にとって、すでに評価されているSOAPは、質の高いPOMRにたどりつく確率の高い選択肢といえます。
3.QOL向上の道具として
現在、薬剤師に“QOL向上に対する結果”が求められています。優秀な薬剤師なら、わざわざSOAPに分類しなくても良い結果を出せるかもしれません。しかし、効率的かつコンスタントに結果を出すには、やはりSOAPのような合理的なプロセスと記録による整理が必要です。また、優秀な薬剤師の問題解決のプロセスは、経験の少ない薬剤師のお手本になります。さらに、記録を通じて優秀な薬剤師のプロセスを共有することは、薬局全体のレベルを上げることにつながります。
4.記録としての性能
薬歴には、記録と参照の効率が求められます。SOAPは、忙しい医療現場でPOMRを作成するための方法ですから、(熟練すれば)記録効率の良さはおりがみ付きです。情報の参照についても、問題解決のプロセスなどが整理されていますので、効率的に過去の経緯が再現できることが特徴です。
IV.水野薬局における薬歴の管理
われわれは、薬歴の管理にコンピュータを利用しています。薬歴を役立つ道具に仕立てるため、コンピュータの特性を生かした運用を目指しています。処方せん受付から、情報の保存までの流れをもとに、その取り組みの一部を紹介します(図1)。
最後に
保険調剤では、薬剤服用歴管理指導料が設定されています。薬剤師の情報活動に対して、独立した点数がついていることは、世界中を見渡してもきわめて例外的な制度のようです。このすこぶる恵まれた現状をおろそかにはできません。情報活動のフィーを薬剤師の既得権などと勘違いをすると、思わぬしっぺ返しがありそうです。これからの薬剤師業務に求められているのは「結果」を出すことです。薬歴管理についても例外であるはずがありません。薬剤師の情報活動が技術フィーに値することを患者(国民)に示さなくてはなりません。薬歴をプロフェッション仕様に仕立てることは、結果を生み出すための土台を作る作業なのです。