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株式会社 薬業時報社
月刊薬事Vol.39,No.4(1997)
P15〜P19

わが国のファーマシューティカルケア
米国におけるファーマシューティカルケア
万能薬、それともパイプの煙?

Walter Mullen* 訳:水野 善郎**
*カリフォルニア大学サンフランシスコ校、アシスタントクリニカルプロフェッサー・Pharm.D,
**水野薬局・Pharm.D

● ファーマシューティカルケアの定義

「ファーマシューティカルケア」という言葉は、「薬学*(訳注)の再プロフェッション化が現代に合わせて必要である」というヘプラー教授の提言のもと、1988年に生まれました1)。薬学は外部から多大な影響を受け、よい将来計画なしでは、薬学自体の存在が危ういとヘプラー教授は判断し、薬学の薬物治療における社会的貢献を最大化するようなゴールが必要であると論じたのです。

1990年にヘプラーとストランドは、より具体的なファーマシューティカルケアの定義をしました。その定義は4節に及びますが、そのエッセンスは最初の文章に現れています。

「患者のQOLを向上させる、確実な結果を目的とした責任ある薬物治療の提供」2)

彼らは、クリニカルファーマシーは薬剤業務の有効性を最大化するうえで十分でなく、かつ実務に哲学、また体系化が必要であると論じました。

1993年にヘプラーはファーマシューティカルケアの定義を「薬品の流通及び、情報管理の責任を、患者の薬物治療の責任として捉え、患者ケアをする薬学」としています3)。この定義は投薬業務とクリニカルファーマシー業務を患者ケアへの責任として統合します。ファーマシューティカルケアでは薬剤師が医師の同僚として患者に対して直接的なケアを行うのです。

● 薬学業務の進化の中でのファーマシューティカルケア

ヘプラー教授は、「薬学は今世紀に入って、複数の大きな変革に遭遇した」といっています3)。今世紀初め、薬学はアポセカリーや、何世紀も続いた伝統的薬物混合調製時代にありました。薬物混合調製は、製薬企業のビジネスとなり、薬学は流通を中心とした業務にシフトしていきました(日本と違い、処方せん調剤における混合製剤は、アメリカでは非常に少ないのです)。一般的には臨床的な業務は、流通と離れた形で行われました。ヘプラーはこの段階でのクリニカルファーマシーを初期の、もしくは未発達のクリニカルファーマシーと呼んでいます。さて、いま私たちは次の変革に遭遇しています。仕事の中心が患者ケアになり、ヘプラー教授が「成熟したクリニカルファーマシー」と呼ぶ、ファーマシューティカルケアに移ってきているというのです。

上記のヘプラー教授の表現では、薬学が今まで、ほとんど患者ケアに関係ないことになっています。これは、薬剤師にとっては飲み込むのが難しいとても苦い薬です。大勢の薬剤師は、自分たちが患者ケアを実践していると自負しているからです。たぶん、真実は2つの意見の間にあるのでしょう。もし、ヘプラーの予言するファーマシューティカルケアが薬学のスタンダードになれば、比較して、伝統的薬剤師業務は最低限の仕事に感じられることでしょう。このファーマシューティカルケアをアメリカ薬剤師会(APhA)および、アメリカヘルスシステム薬剤師協会(ASHP)(旧病院薬剤師会)は、米国における薬剤業務の目標として採用しました。

● ファーマシューティカルケアとクリニカルファーマシー

ファーマシューティカルケアの定義と解説には、ある理由からとても驚かされます。ヘプラー教授―――そう、ファーマシューティカルケアの考え方が1人の人物からとても巧みに、また説得力のある形で提言されているからです。ファーマシューティカルケアは現在の実務を大きく変えていく可能性があるのに、あまり論議なしで、薬学の専門職集団に素早く採用されてきました。しかし、たとえば、医学において、同じように1人の人物の考えが実務のゴールを改変できるでしょうか?ヘプラー教授が、数編の論文を通じてこの実務ゴールの改変を起こすことができたのは、薬学プロフェッションが弱り切っており、「救いの手」を探していたことを示唆しています。生き残りの手段として興味があるのです。さて、このファーマシューティカルケアは薬学プロフェッションに対して本当に正しい「救いの手」なのでしょうか?

ファーマシューティカルケアを批判する人がいないわけではありません。統計はありませんが、たくさんの薬剤師が「ばかばかしいアイディアだ」とブツブツ陰口を言っています。「ファーマシューティカルケア、なにそれ?」と大勢の薬剤師はただ言います。ファーマシューティカルケアという名称自体を笑う輩もいます。もし、看護婦が、突然ナーシングケアを、歯科医師がデンタルケアを始めると言い出したら、「じゃあ、それまであなたたち何をしていたの?」と質問されるからです。しかし、ファーマシューティカルケアの考え方は、少なくともアメリカの薬学教育現場では浸透してきています。

ファーマシューティカルケアと今までのクリニカルファーマシーの差は、薬剤師の業務目的は患者のQOLであるといい切ったことかもしれません。ゴール志向の考え方を徹底したことかもしれません。ファーマシューティカルケア運動で一番大事にされるのは、患者のQOL最大化を目的とすることですが、しかし、この考え方は薬学創成期からあったものです。

● ファーマシューティカルケアは実現可能か?今、それとも近い将来?
今、ファーマシューティカルケアは?

ファーマシューティカルケアの定義から、「薬剤師が医師の同僚として患者ケアを行う」と理解できますが、現在アメリカではこのことを達成していると自負できる薬剤師は少ないでしょう。もちろんいないわけではありませんが、こういう役目は薬剤師の伝統的役割ではありません。たとえば、ヘロイン中毒クリニックで医師と一緒に患者を直接ケアする薬剤師、ホームヘルスケアで、患者自宅に訪問して、薬物治療を評価する薬剤師。ファーマシューティカルケアが当てはまりそうな現場はあります。しかし、これらの非伝統的役割は薬剤師業務のほんの数%を占めるだけです。

アメリカの薬学ジャーナルには、病院薬局や、開局薬局のファーマシューティカルケア化の例がたくさんあげられています。しかし、これらの記事を詳細に読むと、薬剤師が、医師の同僚として、co-therapistとして患者ケアをしている例が少ないのが残念です。その代わりに、患者満足度や、コスト削減の統計、グラフ、アンケートが出てきます。臨床的な治療問題も直接的なケアのことでなく、モニタリングプロトコルのことばかりが話題にされます。これらの記事は、経済的な観点があまり重要視されない、薬科大学に関係した現場の記事が多いこともあります。

または、薬科大学の周りでのファーマシューティカルケアはこの頃、盛んです。UCSFのMary-Anne Koda-Kimble教授(臨床薬学部長)は、UCSFにおける薬剤サービスの60〜100%がファーマシューティカルケアであると推測しています。その反面、教育現場以外で、薬剤師がco-therapistとしてファーマシューティカルケアを行う例はとても限られています。ファーマシューティカルケアがアメリカや日本の薬剤師の業務の中心になるのなら、教育現場のような、限られた場所での実践だけでなく、伝統的な、開局、また病院薬局でも実践されなければなりません。そこでは、金銭的な見返りがなければ、難しいと思います。薬剤師はただ働きできませんから・・。

● ファーマシューティカルケアを妨げる障壁

アメリカでは多々の構造的障壁がファーマシューティカルケアの実践を妨げています。最大の障壁は、アメリカの保健システムが薬剤師をヘプラー教授のいう「co-therapist」と考えて作られていないことです。もし、薬剤師が医師の同僚として働くのなら、医師と同数の薬剤師が臨床現場で必要でしょう。また、教育においても、直接的ケアのトレーニングを医師と同年数必要でしょうし、法律も薬剤師の直接的ケアに対応するよう変更されなければなりません。薬剤師にもカルテ等の医療情報が必要ですし、理想をいえば、薬物モニタリングを行っていくうえで、臨床検査等を注文できると助かります。また、最重要課題として、保険から料金が「co-therapist」の薬剤師に、患者に対して行われたファーマシューティカルケアに対して算定を行わなければなりません。

薬剤師自身が持っている障壁もあります。患者と話す(コミュニケーション)のが不得意の薬剤師はたくさんいます。大勢の薬剤師は、ほとんどの時間をカウンターの後ろか病院の地下ですごします。薬剤供給は得意ですが、患者と話すのが不得意なのです。非常に臨床的な薬剤師ですら、治療のことを患者と直接話すことに抵抗を感じる場合もあります。

患者の承認は一番大切な要素です。患者は薬剤師を「co-therapist」として必要としているのでしょうか? これは、どんなファーマシューティカルケアサービスを患者が受けるかによります。もし、薬剤師がラベルを読み上げ、「食べ物と一緒に飲んでください」というだけなら、薬剤師は「co-therapist」として必要とされません。

医師の承認も大事です。医師はすでに「ナースプラクティショナー」と、「医師助手」が彼らの仕事を奪うのではないかと心配しています。医師は何千何万もの新しい「co-therapist」をどう思うでしょう? 大勢の医師は薬剤師と同等の立場で働きたいと思わないでしょうし、薬剤師の立場が医師に近くなればなるほど、抵抗が生まれるでしょう。アメリカ家庭医協会(American Academy of Family Physicians)の会長は、FDAが提言している服薬説明文書について、このような情報は、「医師と患者の間で話されるべきであり、薬剤師とドラッグストアの客が話すことではない」と公言しました4)。ここで、彼と彼の団体は薬剤師が患者と会話をするのを好ましく思っておらず、かつ薬剤師、患者の関係を否定し、薬剤師、客の関係しか認めていません。プロフェッショナルな関係ではなく、商取引における顧客関係だというのです。アメリカの薬剤師が医師と同じ土俵で働くのには、遠い道のりがあるのかも知れません。

● 投薬から、ファーマシューティカルケアへ―――利益が減る?

一般的なアメリカの開局薬局はほとんどの利益を処方せん調剤から得ています。1日に1人の薬剤師が100〜150薬剤の処方をこなすのが一般的です。もし、薬局が1日200薬剤の処方を受けるのなら、2人の薬剤師と調剤助手、その他の手伝いが必要です。この1日200薬剤の薬局を例にとれば、1患者2薬剤の処方があるとすると、1日100人の患者、薬剤師1人あたり、50人の患者をみることになります。

処方調剤で、一般的なアメリカの薬局は25%の粗利益を持っています。1薬剤あたりの平均価格を$30とすると、200薬剤の薬局は1日に$6,000の収入があり、$1,500の粗利益を得ます。この粗利益は、1薬剤あたりの調剤料($2〜$5)と薬剤費差益から成り立っています。このシナリオでは、薬剤師はほとんど患者と話ができません。これは、一般的なアメリカの薬局の現状です。

さて、もしここにファーマシューティカルケアが導入されたとした時のことを考えましょう。PBM(Pharmacy Benefit Managers)(保険会社と共同で、薬局にお金を払います)が従来の投薬ではなく、薬剤師が「co-therapist」としてファーマシューティカルケアを実践したことについてお金を払うとします。PBMはファーマシューティカルケアについてはお金を払うでしょうが、薬剤費差益については払わないでしょう(彼らは、現在の差益が存在することを知っており、これを変えようといつも思っています)。

さて、PBMが、1患者について$10払うとします。今度ファーマシューティカルケアを実践している薬剤師の代わりに、薬局はあと2人ほど薬剤助手を雇わなければなりません。「co-therapist」の薬剤師は、薬剤助手の仕事をチェックする役割を持つのです。薬剤師は50人の患者を8時間でみます。1時間6人、1人10分です。ファーマシューティカルケアを受けるのに患者は医者のところで待ったように、1時間程待たなければいけなくなるでしょう。

1人$10では薬局は$1,000の粗利です。$500以前より少なくなりました。もちろんPBMが$15払えば、以前と同じになります、しかし、薬局が2人余分に薬剤助手を雇わなければいけなかったことを思い出してください。つまり、1人あたり$20〜$25もらわなければ、現在の投薬と同じマージンは出てこないのです。ほとんどの保険会社は患者1人あたり、医師に対して、$25程度しか払いません。ということは、「co-therapist」の薬剤師に同じ額を払うはずがありません。

1日の終わり、「co-therapist」の薬剤師は50人の患者と8時間話して、疲れきっています。ほとんどの患者は、待ち時間の文句を言っているだけでした。薬剤師は苦情を聞いている間、少しはアウトカムモニタリングができたかもしれません。しかし、苦情を聞くだけでなく、薬剤師の給料は33%カットされました。薬局が経営困難に陥ったのです。

まあ、この例は悲観的過ぎるかもしれませんが、非現実的ではありません。PBMが、ファーマシューティカルケアにお金を出すとすると、必ず他の所でコストを切ります。一番簡単なのは、差益を切ることです。

● ファーマシューティカルケア対PBMとウォールストリート
(兜町)医療

PBMはアメリカ人口、約半分(1億人)に対して薬剤サービスを提供しています5)。大規模なPBMのすべては、製薬会社が経営しており、公平性に問題があります。PBMと保険会社は、医学、薬学の専門家なしに、だんだん治療上の判断をするようになってきました(コンサルタントとしては、専門家を雇っています)。PBMと保険会社は、どのように処方しろと示唆はしませんが、何に金を払うか払わないかを通達してきます。これらの経済的コントロールは患者ケアに大きな影響を及ぼすようになりました。このような動きは、ウォールストリート(兜町)医療と呼ばれています。

ウォールストリート(兜町)医療に対して、ファーマシューティカルケアを売り込むとき、お金を払う側に、ファーマシューティカルケアサービスが、短期的観点からコストを節減すると説得しなければなりません。お金を払う側(PBM、保険)は、3ヵ月ごとに出される利益レポートに関心があり、20年後の結果には興味がありません。大規模なPBMでは、患者が受けた治療がどのような結果をもたらしたかを記録しません。PBMは、ファーマシューティカルケアや、メディカルケアのゴールに無関係なのです。もし、PBMが、治療結果を管理するように、法制度等が変更されれば、ファーマシューティカルケアはPBMにとって論理的、またシンプルな答になるのかもしれません。

● ファーマシューティカルケアの代替?

もしファーマシューティカルケアがアメリカの近い将来に実現されないなら、どうなるのでしょう? 開局薬局では、現状維持が続き、少しの伝統的クリニカルファーマシーおよびファーマシュティカルケアが薬科大学以外で行われると思います。

自動化や、安い情報化を目前にして、ファーマシューティカルケアのゴールは薬学の創世時からのゴールを一致していくでしょう。「患者ケア」がゴールです。この考え方は薬学を強くしていき、公衆によりよい薬物治療を提供できる環境を作っていきますが、薬剤師が「co-therapist」化すると予想していくことには危険が伴います。需要がないかもしれないからです。ファーマシューティカルケアが万能薬、それともパイプの煙であるか、まだ答は出ていません。

訳者注

*Pharmacy―――つまり専門職としての薬学は、「薬学」と訳しました。

【References】

  1. Hepler,C.D.:Unresolved issues in the future of pharmacy. Am.J.Hospital Pharm.,45:1071-1081,1988.
  2. Hepler,C.D.et al.:Opportunities and responsibilities in pharmaceutical care. Am.J.Hosp.Pharm.,47:533-543,1990.
  3. Hepler,C.D.:Pharmaceutical care and specialty practice.Pharmacotherapy,13:(2 pt 2 ),64S-69S,1993.
  4. Medicine buyers to get new Info. San Francisco Examiner Jan.15:pp.A10,1997.
  5. Schulman,K.A.et al.:The effect of pharmaceutical benefit managers;is it being evaluated? Ann.Intern.Med.124:906-913,1996.
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