株式会社 薬事日報社 1994年11月 P79〜P85 ファーマシューティカルケア4.ファーマシューティカルケアとこれまでの薬剤師業務開局の場合患者ケアを目的としたPOシステム PO(Problem Oriented)システムとは、問題指向で書かれた患者記録を中心に、医療スタッフが論理的に、しかも効率的に患者をケアするためのガイドラインである。そのガイドラインをもとに作成された患者記録を問題指向患者記録(Problem Oriented Medical Record:POMR)という。 POシステムのもとで、医療チームは一貫した目的を認識しながら患者をケアすることができる。結果、患者ケアの改善(QOLの向上)が達成されるのだ。また医療スタッフ自身も、POMRを書くことによって論理的な思考を要求され、教育的な効果を得ることができる。 日本の薬剤師業務には、患者の薬物治療に責任をもつという概念はあまり存在していないようだ。薬歴に簡単なPatient Profileを添付した薬物指向型の患者記録には論理性がなく、まさに経時的(ソースオリエンテッド)なもので、概念としてファーマシューティカルケアに要求されるゴールが存在していない。この方式での患者記録では患者の過去の経過や現在の状態の把握は難しく、これでは薬剤師は薬物治療の責任を果たせない。 地域薬局でのPOシステムのエッセンスともいえる問題指向患者記録(POMR)の実施は、今後の必須課題となろう。これによって、薬剤師同士の個々の患者への意思統一がなされ、患者ケアに一貫性が生まれる。教育的な観点からも薬剤師のレベルアップが期待できる。 POシステムが誕生した20年前にもどって、POシステムが本来どのようなコンセプトを持っていたのか、現在それはどの程度理解され、実現されているかなどを探ってみたい。 POシステムの歴史 多くのPOシステムについての書籍は意外と古い時期に書かれている。今日、POMRの実施が薬剤師業務で望まれているなか、そのデスカッションが今(1994年)よりもすでに20年以上前に行われていたというのは驚きに値する。我々薬剤師がこれまで、このことに目を向けなかったことが悔やまれる。 POMRは1964年、Lawrence L.Weed(以下Weed)著の“Medical Records,Patient Care,and Medical Education”という論文ではじめて紹介された。その後1968年にWeedは“Medical Records that Guide and Teach”という論文を発表した。今日、多数の患者、それがゆえに難しくなった患者情報管理、医療従事者の増加などの要因もあって、医療形態が複雑になった。 Weedの論文(後者)には、複雑になった医療形態のもとで最高の患者ケアを目指すためには、a)組織立った(経時的でない)患者記録、b)すべての医療スタッフの患者ケアに対する一貫した目的意識、c)医療スタッフ同士の合理的な協力体制、d)コンピュータ導入への肯定的思考が必要であると述べられている。後にWeedは1969年“Medical Records,Medical Education and Patient Care”を出版し、現在の原形となるPOMRを提言した。 このWeedシステムの教育的要素に注目し、後のPOMRの普及に多大な貢献をしたのが、当時Emory大学医学部のJ.Willis Hurst(以下Hurst)である。彼は医学教育にたいへんな熱意を注いでおり、その一環として、POMR作成による教育的効果に着目した。彼いわく“The physician will learn more from what he does”.いかに日頃の経験を有効に自己学習に生かすことができるか、その期待に応えたのがPOシステムだった。1971年、“Ten Reason Why Lawrence Weed is Right.”という論文を発表し、1972年に“The Problem Oriented System”を出版した。これらの書籍はPOMR実施による教育的効果を強調している。 Hurstの精力的なバックアップもあって、POシステムは今日その良さが認められ、アメリカの医療機関ではスタンダードとなっている。アメリカでPOシステムが普及しはじめた頃、日野原重明氏がこの新しいアイデアを日本に紹介し、1973年の著書「POS,医療と医学教育の革新のための新しいシステム」は日本の医療現場に多大な影響を与えた。 POシステムは、医師だけのためのシステムではなかった。もともとすべての医療スタッフを対象にしたガイドラインである。日本において、このシステムを積極的に受け入れようとしたのは医師よりも看護婦のようである。とくに日本では、POシステムについて書かれた本は看護婦のためのものが多く、その関心の深さをうかがわせる。そしてその他の医療スタッフの人々にも(我々薬剤師にも)この波は及んでいる。薬剤師業務へのPOシステムの普及は、あまりにも立ち遅れている。 一方、1990年、日本でもやっと医師国家試験のガイドラインにPOシステムが入った。しかし医療機関でのPOシステムの普及率は、アメリカに比べるとまだ低い。 診療記録の書き方としてのPOMRの採用のみでなく、背景にあるシステムとしての概念(医療の監査、医療スタッフ同士の一貫した目的意識、教育など)を理解することが重要となる。それによって薬剤師は、より進化した形での医療への貢献が期待できる。 POMRにおける“問題指向”の意味 プロブレムオリエンテッド(問題指向)とよく比較される考え方として、ソースオリエンテッドがある。ある情報が手もとにあるとき、我々がその情報に対してどのようにアプローチするかに違いがある。 ソースオリエンテッド:ソースオリエンテッドな考え方は、情報を入手した時点で、その情報を経時的に評価するものである。この場合、情報とそれに対する評価は1対1の関係で、その他の情報と関連があまりない。いい換えると、ソースオリエンテッドな考え方は骨組みがなく、組織的ではない。結果、論理的な思考を妨げる。この考え方での患者記録も当然経時的なものになる。 ソースオリエンテッドな記録の例として、今日の薬歴記録があげられる。この記録はまさに経時的で、患者の服用した薬の列挙に過ぎず、読むための記録としては、よく整理された記録とはいえない。 プロブレムオリエンテッド:一方、プロブレムオリエンテッドな考え方とは、ソースオリエンテッドな考え方による断片化した情報とその評価を、患者の持つ問題を骨格とし再構築したものである。我々は数ある情報を問題ごとにひとくくりにし、その情報を問題の観点から評価する。この考え方は問題同士、問題と情報に関連性を持たせやすい。 この考え方によって、問題ごとにカプセル化された理解しやすい記録が出来上がる。 SOAP SOAPとは患者が抱えている問題を解決しようとするとき、その解決方法を見出すための手順である。それは基本的に、(1)主観的情報(Subjective)の収集、(2)客観的情報(Objective)の収集、(3)情報の分析(Assessment)、(4)問題解決のための計画立案(Plan)とそれの実行、の4つのステップがある。計画を実施し、その結果についてさらに情報収集して分析し、新たに計画をたてるというサイクルが成り立っている。このサイクルは、それぞれの頭文字をとってSOAPと呼ばれている。 1993年のFIP会議におけるMary Anne Koda-Kimble教授は、プランによって達成されるべきTarget(ゴール)を設定するステップを追加したSOATPという考え方で、ファーマシューティカルケアにあわせてSOAPのサイクルを拡大した。 図1にPOMRの簡単な流れを図示した。情報を収集し(Data Base)、その内容を分析して(Assessment)、患者の問題点を把握し(Problem List)、その対処の仕方を考える(Plan)。その後、SOAPのサイクルがプロブレムごとに実行され、記録されることを理解していただきたい。 プラン これまでの薬剤師業務にプラン/ゴールの概念がなかったので、当然薬剤師による患者ケアがその場かぎりになりがちであった。POシステムで最も特徴的なものの一つに、SOAPの“P”、計画(Plan)の立案があげられる。ファーマシューティカルケアにおけるゴール、つまり患者のQOLの向上を目指してこのプランは立案される。このプランは問題ごとに設定され、医療スタッフ全員がこのプランに沿ったケアを行う。これによってケアに一貫性が保てる。 患者の状態は日々変化し、我々はその変化に対応したケアをしなければならない。プランの変更には必ずSOAPでの分析過程がある。図1によると、初期計画の後、我々は問題ごとにSOAPで経過記録を取る。1回の記録でその都度プランを更新する。そのプランは“変更なし”であってもかまわない。大事なのはつねに次の記録までの、次に記録を取る人へのいわばメッセージ的なプランがあることである。 このコンセプトこそPOシステムの一貫性のある、時間的に連続性のある患者ケアの実現を保証するものである。 問題リスト 医療行為とはそもそも問題解決過程(問題には病名や心理的、社会的障害が当てはまる)である。問題解決の前に、存在するすべての問題を明確化する段階があることを忘れてはならない。POシステムの最も大切な概念である“問題指向”の考え方は問題の明確化なしには進まない。 Weedは問題リストの作成と、それを記録の一番最初に添付することがPOMRの最も重要なプロセスの一つであるとしている。このリストを作成することによって一目で患者の抱える問題を把握することができる。 個々の問題に対してそれぞれ計画を立て、その後の経過観察を行う。そのプランの経過観察の文頭には必ず問題リストに掲載されている言葉でタイトルづけされなければならない。問題リストは書籍でいえば、いわば“目次”(必ず最初のページに掲載されている)であり、記録中のタイトルは“しおり”であるといえよう。ある問題だけの経過を見たい場合は“しおり”を頼りに読んでいけばよい。 問題リストの作成は、患者記録の内容を論理的に系統立てたものにする。そして、複数の医療従事者による患者ケアの意思統一のための最初のステップとなる。 医療スタッフ同士の関係 薬剤師業務では、一人の患者に対して複数の薬剤師がケアに携わっていることが多い。薬剤師同士で、果たしてどの程度その患者に関しての意思疎通があるだろうか。意思疎通がないかぎり、複数の薬剤師による患者ケアはそれぞれ独りよがりで、その場かぎりのものとなってしまうことは明らかである。 その薬剤師の意思疎通を助けるものとして、問題リストがある。患者のQOLの向上を妨げる問題を問題リストに列記し、その問題解決を最終目的であるとの意思統一ができれば、自然にケアの方向性が決まってくる。 ケアの方向性をさらに統一させるものとしてプランがある。このプランを頼りに医療スタッフは時間的に連続性のある、そして一貫性のあるケアを施すことができる。 POシステムでは薬剤師同士で医療の監査が自動的に行われる。もし、実行中のプランや情報の評価(Assessment)に疑問を感じれば、本人または他の薬剤師同士で話し合って評価やプランの変更をすればよい。プランは合意のうえで実行されるべきである。この監査によっても複数の医療スタッフはお互いに意思疎通ができる。 医療スタッフ同士が患者記録を媒体として連絡し合い、ケアの方向性が一致すれば、患者ケアの質は格段に向上する。 教育/監査(Audit) 医療に携わるほとんどの者は継続的教育・自己学習の必要性を認識している。幸い我々医療スタッフにとって、毎日の実務が教育・学習の場になり得る。いかにその経験を自己向上、学習に生かすことができるかが重要な点である。 POシステムのエッセンスともいえるPOMRは、記録を取る者に論理的な思考を要求し、科学的知識として定義されているであろう約束ごとと実際の業務を思考のなかで関連づけさせることによって、教育的な効果をもたらしてくれる。 自分の行った医療行為は、第三者(医療スタッフ、患者)に監査される必要がある。これはケアの質を上げるためには欠かせないプロセスの一つであると同時に、監査する側にとってもされる側にとっても非常に教育的である。そのためには、第三者にとって患者記録が理解しやすい洗練されたものである必要がある。 このように、問題指向での医療記録は我々に教育的効果と学習の機会をもたらしてくれる。しかもこの自己訓練が自動的に行われるところが、POシステム最大の長所の1つといえる。 読むため、読まれるための患者記録 薬局に限らず、医療機関で作成される患者記録は、複数の医療スタッフによって作成される。同時に患者記録は複数の医療スタッフに共用される。もしその患者記録が理解しやすいように整理されたものであれば、患者のこれまでの経過と状態を比較的容易に把握できる。POMRでの記録によれば、問題リストの添付や、問題ごとのSOAPでの経過観察記録などの要因によって、患者記録を読む者は誰でも比較的容易に患者把握を期待できる。 POMRが正しいといわれる10の理由 1971年、HurstがWeedの提案するPOシステムに賛同するに至った10の理由を、論文“Ten Reason Why Lawrence Weed is Right.”に発表した。この論文に書かれている10の理由を箇条書きにして述べる。
これからの薬剤師 POMRの実施によって、従来の問題解決の薬物指向の一面は、問題指向に変えることができ、患者ケアが飛躍的に向上する。同時に、教育的な効果をも期待できる。 しかし、POMRにより患者の抱える問題をすべて解決できるわけではない。あくまでも有効に問題を解決するためのツールであり、問題解決はあくまでも医療スタッフの努力によるところが大きい。 POMRを媒体とした医療スタッフ同士の意思疎通は、今日の薬剤師業務には必須の課題であると考える。独りよがりでその場かぎりの患者ケアでなく、これからは薬剤師同士の直接的、間接的コミュニケーションによって、一人の患者を包括的にケアする習慣が必要となる。POMRに記載された問題リストとプランは、自ずと医療スタッフ同士の意識的隔たりとケアの時間的隔たりを縮める役割を担うはずである。 (東京薬科大学大学院、伊沢 泰直)
参考文献
|