編集:薬事研究会
発行:株式会社 薬業時報社
月刊薬事 Vol.36,No.5(1994)
P31〜P38
【特集】患者への医薬品情報提供と薬剤師の役割<下>
◆ 薬袋による薬名提供の実施◆
安部 好弘* 富岡 正博* 水野 善郎*
*水野薬局
■ はじめに
医療に従事する薬剤師の最大の目的は、「患者に安全で有効な薬物治療を提供すること」である。これには、薬剤師が処方せんどおりに薬を供給するだけでなく、患者に適切な情報と説明を提供し、患者自身に薬物治療へ参加、協力してもらう必要がある。近年の地域薬局における服薬指導の取り組みなどをみると、情報提供を重視しようとする薬剤師の意識や意気込みがうかがえる。しかし、最も基本的な情報媒体である薬袋に関しては、意外と重要視されていないようである。薬袋で提供する情報は、薬剤師法25条に定められた表示義務事項に限られ、薬名すら記載しないという長年の慣習がそのまま残ってしまっている。これで薬物治療の安全性、有効性を確保できるのだろうか? また、8割を超える人(総理府調査)が医療上の情報と説明を求めている現在、患者は自分がのんでいる薬の名前を知らされないで満足しているのだろうか? この疑問を基に、91年の日本薬剤師会学術大会において、「薬袋による情報の提供」を見直すべきであると提言した(月刊薬事Vol.34,1992参照)。
93年10月より水野薬局では、提言の一部であった「薬袋による薬名提供」を実施した。
これから多くの薬局で、この試みが行われることを予測し、薬名提供に関する当薬局での、経緯、効果、反響などについて報告し考察する。
■ 薬名提供の意義
薬名の記載は、それ自体が目的ではない。あくまで、患者によりよい薬物治療を行うという目的を果たすための、最も基本的な手段の一つである。
● 薬物治療の安全性と有効性の向上
患者に併用薬の有無やアレルギーの経験を確認する作業は、薬局カウンターの必須業務である。この際、患者から「風邪のときもらった薬で湿疹ができた」「抗生物質にアレルギーがあります」「いま、高血圧の薬で白い錠剤をのんでいます」といった回答が返ってきて、相互作用やアレルギーに対する的確な評価ができないことが多い。おそらく、ほとんどの医師や薬剤師が同じ経験と悩みを持っているのではないだろうか。このため、患者に「かかりつけ薬局」を持つことが推奨されており、その有効性は誰もが認めるところである。
しかし、あくまで患者まかせの消極策であることは否めない。薬剤師がより積極的に患者を守るには、患者が「かかりつけ薬局」に来てくれるのを待っているだけでは不十分である。患者自身に情報(処方薬の名前)を提供し、患者教育(たとえば、他から薬をもらう場合は病院、薬局に薬袋を持参するよう)をしてこそ、薬剤師が薬物治療を行う意味があるといえよう。たとえば、昨年11月にソリブジンの相互作用による死亡事故が社会問題としてとりあげられた。もし、患者が薬名を提供されていて(たとえば、5-FU 50mg)、医師か薬剤師にその薬袋を提示していれば、副作用の発現を未然に防ぐことができた可能性があったのではないだろうか。そうなると、薬剤師が情報を提供していない「つけ」がこのような形で現れたと言えるのかもしれない。この問題を製薬会社の責任追求で終わらせるのではなく、薬剤師(薬局)自身の情報提供に関する問題として、対応策を考える必要があろう。
● 患者の知る権利
インフォームドコンセントの重要性はすでに国民的コンセンサスである。情報の公開は医療の原則であり、処方せんの発行もそれに沿った一つの手段といえる。薬名は、処方せんが交付された段階で開示された情報であるが、実際に服用する段階で、患者が薬名を正しく認識している例は少ない。薬剤師が、患者の知る権利を重視するならば、用法などと同様、患者が容易に理解できるような形で薬名を提供することが必要となろう。
■ なぜ薬名を書かなかったのか?
昭和36年の薬発第44号薬務局長通知により、調剤された薬剤は薬事法上の医薬品にあたらず、その表示は薬剤師法第25条のみ適用するとされた。このため、薬袋へ薬名記載は義務づけられていない。現在の社会状況を考えると、もはやこの解釈が患者(消費者)の権利や利益に反するものになってしまったと言えるのではないだろうか。先進国といわれる国で、このような状況が許されている例は希有である。なぜ、現在のように特異な状況に至ったのか、その背景と要因を考えてみたい。
● 歴史的背景
わが国では、処方せん利用の歴史が浅く、患者への処方非公開や非薬剤師による投薬が慣習となっていた。薬剤師が関与しない(医師やアシスタントによる)投薬に、分業国なみの薬袋の水準を望むのは無理な話である。本来、薬袋作成は薬剤師にとって薬物治療の成否に関わる重要な業務であり、片手間にできるものではない。たとえば、UCSFの薬剤学の実習では、ラベル作成(日本の基準のほかに薬名、規格、含量、処方医名、使用期限、服用上の注意)と薬(調剤の内容)の採点比率が50:50ということが、その重要性と専門性を証明している。しかし残念なことに、わが国の多くの開局では、薬袋の水準を論議するどころか、書く機会すらなかったのがつい最近までの現状である。時代錯誤の基準が相変わらず通用しているのは、薬剤師が薬袋の記載事項を自分たちの問題と捉えることができなかったからではないだろうか?
● 要因
● 薬局、薬剤師の怠慢
処方せんが徐々に利用されはじめ、地域の薬局で調剤が行われることが多くなってきた。もはや、薬袋の水準が向上しないのを、前途の背景のせいにしておくわけにはいかない。このままでは、患者(消費者)から、薬局、薬剤師が社会的役割を果たしていないと評価されてもしかたがない。
その内容を自己反省すると、表1のようになる。
■ 水野薬局における薬名記載の経緯
昨年のFIPでは、ファーマシューティカルケアーが大きな話題としてとりあげられた。薬剤師が社会および患者(消費者)に対して果たすべき責任を、薬物治療の技術論、社会的な役割、薬剤師倫理などの観点から、包括的により高いレベルのスタンダードを設定しようとする提案であると言えよう。
当薬局の業務にあてはめてみると、長年取り組んでいる服薬指導や薬歴管理は、ファーマシューティカルケアーの流れに沿うものとして自己評価することができた。反面、薬袋の現状はどうみても他の国々に比べ低いレベルである。会議開催中に来局した150名ほどの各国の薬剤師に、薬名を記載しないことを説明した時の彼らの驚きがそれを証明している。もはや、法や行政指導が変わるのを待っているわけにはいかない。自らの責任で早急に薬名提供を始めることが、ファーマシューティカルケアー実践への第一歩として必要と実感した。当薬局が自己反省を踏まえて、ようやく薬名記載に踏みきることができたのは、FIPが大きな契機になったといえる。参考まで、当薬局で使用している薬袋見本を図1に示す。
■ 薬名提供の反響
● 患者の反応
薬名提供について、患者にアンケートを行った。
| 方法: | 薬を交付する際、はがきを手渡して後ほど投函してもらう(図2)。 |
| : | 無記名回答。 |
| 対象: | 第1回アンケート;初めて薬名入り薬袋をもらった患者 |
| (回答率33.8%=169/500) |
| : | 第2回アンケート;以前薬名入り薬袋をもらったことがある患者(第1回目との重複なし) |
| (回答率40.5%=81/200) |
| 結果: | 図3、4に示す。 |
| 考察: | アンケートは無記名で行ったが、住所、氏名等を記載し積極的にコメント(表2)を書いた例が多かった。コメントの中には激励に近い内容も多く、患者が真剣に情報を要求していることがうかがわれた。また、薬効や副作用を記載してほしいとのコメントも多かった。これについては、薬剤師に質問するよう待合室に掲示をした。患者の支持を受けたことにより、引き続き薬名提供を続ける必要性を感じた。 |
● 医師の反応
薬名提供を始めることを、できる限り多くの医師に連絡した。ほとんどの医師が、「よいことですね」といった反応であった。唯一難色を示した医師の反対理由は、「薬剤師の病名告知は越権だ」というものであった。薬名記載と病名告知は、まったく違うものであることを抗癌剤を例にして説明すると、その医師も「それならば、何ら問題ない」と理解をしてもらうことができた。すべての医師が賛成してくれるかどうかはわからない。しかし、薬名を提供し始めて4ヵ月を経過して、医師から薬名記載に関する問い合わせや苦情は1件もきていない。
● 薬剤師の反応
当薬局や友人の薬剤師の中には、「そんなことをして、大丈夫か?」「医師の猛反対があるのでは?」と心配する声が多かった。その時の会話の中には、今まで薬剤師が薬名を書けなかった具体的な理由が隠されているようである。ここで、代表的な質疑応答の例を考察を交えて紹介する(表3)。
■ おわりに
薬剤師が薬名提供に踏み切れない一因として、余計なことをしたら医師の怒りをかって、処方せんがこなくなるのではないかという不安があるのではないだろうか。「1円にもならないことで、今までうまくいっている仕事に波風をたてる必要はない」と考えるのは、あたり前のことかもしれない。事実、当薬局が薬名提供を始める前に医師に会いに行った時は、おとぎ話の猫に鈴をつけに行くネズミのような戦々恐々の気持ちであった。しかし、実はネズミが恐れていたような猫はいなかったのである。今だからこそ言えるのかもしれないが、「薬物治療をより安全で有効なものにする」ことは、医師、薬剤師の共通の問題であり、適切な提案であれば医師が反対するはずがないのである。また、患者の予想以上の賛同が、何より薬名記載の必要性を証明していると感じている。法や行政指導による基準は、あくまで最低限のレベルを保つためのものであり、それを遵守するだけでは薬剤師の社会的役割は果たせない。薬剤師自身の手でよりよい薬袋の基準をつくり、実施してこそ薬剤師が消費者(患者)の味方として認められるのではないだろうか。