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編集:薬事研究会
発行:株式会社 薬業時報社

月刊薬事 Vol.35、No.9(1993)
P41〜P47
【特集】処方せん・患者情報とその活用
◆ 薬局における患者・薬物治療情報の活用 ◆

水野 善郎
*Pharm.D.,東京 水野薬局

処方せん中心の調剤は成り立たなくなってきている。観点を処方せんから患者の薬物治療に広げた包括的な薬物治療支援が薬局業務に求められている。処方せんに対して正確な投薬のみならず、患者の薬物治療が安全で有効、かつ的確に実行されること支援することが、本当の薬局業務といえよう。

この薬局業務を行う上で、患者、薬物治療情報は必要不可欠である。これらの情報の収集、管理、活用がこれからの薬局業務の要である。これらの情報を考えるとき、われわれはとにかく技術的ディテールに固執しがちだが、今日は広い視野から考察していこうと思う。カリフォルニアのClinical Pharmacyがこの患者試行の調剤の発火点であることを鑑み、この分野では先輩のアメリカの例をあげつつ話を進める。

■ 消費者文化

アメリカは消費者(consumer)の国である。そのアメリカから帰国して、日本の消費者(つまりわれわれ自身)はのんびりしているなあと思う。「安物買いの銭失い」と価格競争を否定したり、最近、やっと新聞をにぎわし始めた「談合体質」など日本の文化の根底に消費者の権利主張を阻害する何かがあるのかもしれない。

多くの国の消費者は、薬局の薬剤師を自分たちの味方と思っている。薬剤師も消費者の代理人として消費者を立てている。だからこそ、薬剤師は、地域で尊敬されている。

先日、水野薬局で領収書に薬剤料、技術料の明細を記載していることを説明した際、「そんなことするとたいへんだ。ただでさえ院外処方になって負担額が上がっているのに、それをあからさまにして技術料が薬剤料より高かったりしたら説明しようがない」という意見はあった。たしかに現在の保険調剤の料金体系は一般消費者に理解しにくいものであるし、不合理な点がある。しかし、それを消費者から隠そうとする態度は薬剤師が消費者の味方ではない証拠のような気がする。アメリカ人の友人が寿司屋の勘定に不信を感じ、理解に苦しんだことと同じことを薬局でもやっいる。無意識かもしれないが、消費者不在である。

消費者の知る権利を守ること、患者=消費者の考え方からインフォームドコンセント、インフォームドチョイスなどの考え方が生まれてきたのは周知のとおりである。しかし「医薬分業」は、また薬局における患者情報の管理などは消費者の立場からどう考えられているのだろう?

消費者は、患者、薬物情報において何を期待するのであろうか?その期待に沿うものでなければ社会で評価されないし、やる意義も少ない。

今、薬物治療の成功はもちろん、プライバシーの保護、情報公開など多々なことを薬局、薬剤師は期待されている。しかし、話題になっている薬歴管理、患者インタビュー、服薬指導など、それぞれ個々の調剤業務を別々に考えると薬剤師がその業務に必ずしも適任であるとは思えない。薬歴管理はコンピュータの専門家が、患者インタビューは夜の町のホスト、ホステスさんが、服薬指導は話術にたけた落語家のほうが適任のように思えて仕方がない。情報処理や患者インタビューの仕事を区分して別々にした場合には、それらは薬学ではない。しかし、総合した場合はそれらはれっきとした薬学とされている。

■ なぜ薬剤師?

調剤業務を行う上で薬剤師の何が、どこが他の職業の人々と、あるいは自動販売機と、どのように違うのか、どう違わなければならないか。

この簡単な質問に消費者本位の調剤業務のkeyが隠れているように思う。この質問に答えられなければ薬局、薬剤師は存在理由がないし、社会のお荷物でしかない。

アメリカのClinical Pharmacyの歴史、Pharmaceutical Care概念誕生もこのような「社会における薬剤師」という考え方からである。この観点から、筆者は「薬物治療の専門家としてのAssessment」こそがその違い、つまり薬剤師特有の職能であると受け止めている。

■ Assessmentとは?

普通、Assessmentと言えば「環境アセスメント」ぐらいしか思い浮かばない。しかし、アメリカの医療現場では、またClinical Pharmacyでは非常に大事なキーワードである。直訳すると「評価」であるが、これはProblem Oriented Medical Record(問題志向医療記録)の基本的要素だ。POMRはアメリカの水準の高い医療現場ではあたりまえになっており、日本では聖路加国際病院の日野原重明先生が積極的に紹介されてきた。この考え方は略してSOAPとも呼ばれ、患者の医療上の問題を問題別に分け、個々の問題をSubjective(主観的)、Objective(客観的)、Assessment(評価)、Plan(プラン)の流れに沿って分析し、記録していくことである。

表1に例をあげる。

このPOMRは、記録方法としてだけでなく、医療の考え方のガイドラインとして有用である。また、医療従事者の教育にケーススタディーを通じて活用されている。医療従事者が患者プレゼンテーションをするときもこのフォーマットを使用するし、医学と薬学のインターン、レジデントは徹底的にこの考え方を叩き込まれる。

患者情報の収集、記録(薬歴管理、患者インタビューを含む)はこの評価の材料作りであるし、服薬指導、患者教育は、評価の結果(Plan)の伝達である。言い方を変えれば、薬物治療の専門家としての評価を行わなければ、薬歴管理、患者インタビュー、服薬指導などは無駄な努力である。前述したように、この評価が薬局業務の個々を結び付け、薬局業務を薬剤師特有の職能としている様子を示したのが図1である。

■ 消費者への誓い

図1のようにSOAPの流れに置き換えると今までばらばらな仕事、考え方、キーワードが整理される。患者志向の包括的な薬物治療支援を考えるとき、このように薬局業務をパノラマ的視野で見ることは大事なことである。ここでこの図の薬剤師が立っている地面に注目しよう。

科学性、中立性、薬物治療情報、道徳、論理、臨床経験などこれらの要素は薬剤師が薬物治療の評価をしていく上での土台である。言い替えれば、これらの土台があるからこそ消費者は、薬局、薬剤師に調剤における独占(Monopoly)を許している。この土台が薬剤師プロフェッションがプロフェッションである由縁でであろう。患者情報、また薬物治療情報の評価を考えるとき、これらの土台は無視できない。無視することは薬剤師プロフェッション自体の存在を否定することだからである。

筆者は、この土台の一つ一つが、薬局、薬剤師が消費者(患者)に対して立てた誓いであると信じている。消費者はこの誓いを暗黙のうちに期待している。消費者は薬剤師が中立、道徳的、論理的であり、薬物治療について科学的知識と理解、経験を兼ね備えていると信じているのである(いや信じさせられているのかもしれない)。

■ 情報に関する法的規則

アメリカは自由競争と地方分権を大事として連邦レベルで細かい規則を作らぬことが多い。しかし、消費者の保護に関してはきめ細かい規定を制定している。

上記の土台の要素と患者、薬物治療情報について、最近、法的な規則が誕生した。

第101回アメリカ合衆国議会(1990)はOmnibus Budget Reconciliation Act of 1990(OBRA90)という法案を可決した。P.L101-508 Section 4401 Section 1927(g)Drug Utilization Reviewという項目で、議会は連邦政府から資金が出ているMedicaid の患者(生活保護を受けている患者)の院外薬物治療について投薬前のDrug Utilization Review を義務づけた。このDURで患者プロフィール(患者情報記録)はもちろん服薬指導の義務化が決まった。

この法律の中には表2のような項目がある。

さらにこの法案を政令化したHealth Care Financing Administration 42 CFR Part 456では表3のような項目がある。

表2、表3からご理解いただけると思うがこの法律の趣旨は薬物治療で使用される情報が次のような条件をもつことを要求している。

  • 医療従事者によって評価された医療出版物または定められた情報集から参照されること
  • 独立、中立性であること
  • 中立な専門家達による審査が行われていること
  • 非営利的であること
  • 臨床的―患者/疾病指向(鼠の尻尾は関係ない)
  • 科学的に立証されたこと
  • 公開された情報であること

われわれは、しばしば文書にされた情報を鵜呑みにする習慣がある。すべての出版された情報は必ずしも、中立、道徳的、論理的、科学的であるとは限らない。アメリカの医師会はAMA Drug Evaluation の序文でこう書いている。


… FDA’S jurisdiction over the uses of marketed drugs, dosage and related matters extends only to what the manufacturer may recommend and must disclose in its labeling…The prescription of a drug for an unlabeled (off-label) indication is entirely proper if the proposed use is based on rational scientific theory, expert medical opinion, or controlled clinical studies. The FDA has made eminently clear that it neither has nor wants the authority to compel prescribers to adhere to officially labeled uses, because experience demonstrates that the official label lags behind scientific knowledge and publication… drug labeling per se is not intended to set the standard for what good medical practice.

FDAの市販されている薬の用法用量等についての権限は、メーカーが添付文書に何を記載できるか、また記載しなければならないかを決めるだけである… 添付文書に記載されていない薬の使用法は、それが合理的な科学論理、医療的専門意見、またはコントロールのある臨床試験に基づくものならば非常に適切である。

FDAはこう明言している:処方者に添付文書に記載されたとおり処方しろと強制しないし強制したくもない、それは経験から公式の添付文書は最新の科学知識と出版に遅れをとるのがわかっているからである。… 薬の添付文書はそれ自体、よい医療のスタンダードを定めるために作成されたものではない


わが国の厚生省もFDAと同じ立場であるはずである。厚生省が監督しているからそれでよいと信用するわけにはいかないのが、消費者を守る立場にたった職業人なのだということである。その添付文書をどのように扱うか、大きな問題である。医薬品メーカーからの情報、添付文書などの営利情報は薬物治療を行う上で、最大の注意を払って使用しなければなるまい。もちろん、医薬品メーカーを嘘つきと決めつけるわけではない。営利情報を極力使わないようにするのが医療プロフェッションのすじであり、誇りなのだ。アメリカでは法律もそれを支持してきている。Clinical Pharmacyの確立したアメリカの医療現場では、PDRなどの添付文書集が埃をかぶっているのは事実である。

添付文書が相手にもされない現実をどう考えたらよいのだろうか。

■ 添付文書でなければなに?;医薬品情報から薬物治療情報へ

本文の冒頭より医薬品情報ではなく薬物治療情報という言葉を使ってきた。添付文書のように薬物を観点に置いた情報でなく疾病に観点を置いた情報が必要なのである(図2)。

SOAPの甲状腺中毒症の例に戻って考える。薬中心の情報しか薬剤師がもたない場合は、もしβ非選択性のプロプラノロールを医師が処方した時、薬剤師はアドバイスの余地がない。しかし、薬剤師が薬物治療を中心とした情報をもった時、薬剤師は、医師に対してアテノロールなどのβ1選択性のβ遮断薬を推奨できるだろう。

これらの情報、情報集、特に中立性のある情報は、日本語ではあまり存在しないようだ。アメリカでも30年前はこのような情報は存在しなかった。Clinical Pharmacy, Pharmaceutical Careは時代の流れなのである。現時点では、医療の国際語である英語の文献、情報集を読んでいくしかない。一流の医師が、またコンピュータ技術者などが、外国語(英語)の文献を読まなければならないように、少なくとも当分の間は、薬剤師もこの分野の国際語である英語の文献を情報源として活用しなければならないのだろう。

「薬物治療を勉強しよう」と言うと、「早速それじゃあメーカーのDI室に電話して資料を貰おう」、「MRに説明させよう」ということでは前述のプロフェッションの土台を自分で壊しているのと同じなのではないだろうか?

■ よい情報を集めていこう

USP-DI等のアメリカの情報集を見ると何百人ものコントリビューター(著者、監修者)のリストが載っている。このように日本でも中立な立場にいる人々が参加して自分たちでよい情報を集めねばならないのではないだろうか? よい情報は、たくさんの医療関係者が、自ら汗を流して、こつこつと積み上げて作るものだという見本である。この努力が社会の中の薬剤師を確立していくと信じている。もし薬剤師がメーカーに依存した情報を使用して業務を行うとき、消費者にどう申し訳をするのだろう。

医薬分業制度の目玉は、薬剤師が中立であり、医師の処方をチェックするということである。調剤業務で営利性の高いメーカー情報を薬剤師が鵜呑みにしたとき、薬剤師が自己研修をメーカーに頼るとき、消費者は医薬分業についてどのような判断を下すのだろう?

(1993年日本薬学会(大阪)、薬と社会部会で発表したものを加筆訂正した。)

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